第71話:変質者の均衡 ストーカーも1人は怖いが、複数いればセコムになる。 これに霊的な要素を加えてみた。
2009年 ショートショート「かわいすぎる娘をもった父親の苦悩が、おまえにわかるか!」
おれはなにも言わず、ただうなずいた。ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。
お父さんも話を聞いてもらいたかったらしく、ひと息にまくし立てた。
「アリサはかわいい。本当にかわいい。
父親はみな同じことを言うかもしれんが、うちの娘は特別だ。
だから、心配だった。
変質者に目をつけられないか、トラブルに巻き込まれないかと。
その不安は的中した!」
たしかに、アリサのかわいらしさは尋常ではない。
美の基準は人それぞれだが、アリサは全人類の根っこを揺さぶる「魅力」を備えていた。
磁石が砂鉄を吸い寄せるように、夜の灯りが虫を引き寄せるように、アリサはたくさんの男を魅了した。その中には変なヤツもいる。おとなく遠くから見てるだけならいいが、そうでないヤツもいる。
小4の夏、アリサは誘拐された──。
と言っても19時間後には無事保護されたが、その状況は奇妙だった。単独の誘拐犯が、3人同時にアリサを襲ったのだ。彼らは互いに足を引っ張りあって自滅した。もし単独だったら、アリサは帰れなかったかもしれない。
ちなみにアリサ発見の功労者は、古参のストーカーたちだった。誘拐未遂犯が、実行犯を邪魔したようなもんだ。
つまり、均衡がとれているのだ。
アリサに魅了された変質者は、あまりに数が多いため、互いに牽制しあい、誰も手を出せなくなっている。まれに均衡を崩すバカが出てくるが、すぐ退治される。
しかしお父さんは、安心できなかった。
「変質者の均衡なんか信用できるか。
父親の私だけが、アリサを守ってやれるんだ!」
夜の公園でお父さんは叫んだが、ふつうの人には聞こえない。
「しかし、いつまでも付きまとうのはマズイですよ。
お父さんは、もう死んでるんですから」
「それがどーしたッ!」
霊体から青白い炎が放射される。説得は無理みたい。
娘を見守る心労から、お父さんは亡くなってしまったが、その魂は地上に残り、守護霊になっていた。アリサも父親の気配には気づいていて、霊媒師であるおれが呼ばれたわけだ。
いつもなら強制的に除霊するところだが、今回は無理だ。
アリサは霊的にも魅力的な存在で、周囲には数百数千の御霊やら妖怪、大天使、大悪魔がひしめき合っている。中心のお父さんを除霊すると、均衡が崩れて大変なことになる。
手の出しようがないが、放ってもおけない。
つまりおれも、アリサを見守るしかないわけだ......。
(996文字)