第80話:忌門箱 mixiやtiwtterで近況がわかっているのに、ぜんぜん会えない人がいる。 携帯もメールも通じるが、もう何年も姿を見ていない。 (ひょっとして別次元にいるのではないか? それは相手か、私か?) と考えたのがキッカケ。 キーアイテムがほしかったので、『ヘルバウンド・ハート』のルマルシャンの箱(Lemarchand's Configuration)を引用する。パズルを解くと魔道師がやってきて、人間には理解不能の快楽を与えてくれる。 そういえば『黄金戦士ゴールドライタン』にも、メカ次元につながるルービックキューブが出ていた。やはりパズルと異次元は相性がいい。 さらに風水の世界観を加えたら、興味深い設定になった。使い捨てはモッタイナイ。

2010年 ショートショート
第80話:忌門箱

(この箱を開けると、世界が閉じると言われている)

 机の上にあった小箱を見て、教授の言葉を思い出す。
 教授は『忌門箱』と呼んでいた。寄木細工の秘密箱に似てるけど、もっと重くて、もっと複雑。たくさんの漢字が刻み込まれていて、オカルトに詳しい人なら風水盤を連想するでしょう。

 陰陽道に「方違え(かたたがえ)」という慣習がある。方位の吉凶を占い、悪い方角を避けるというもの。これを逆転させ、つねに凶方に移動していくと、この世ならざる世界に迷い込むという考え方があって、それを具現化したのが忌門箱。しかるべき手順で仕掛けを解くと、異次元への扉が開くらしい。

 どこから見つけてきたのか、教授は忌門箱を開けようとしていた。私も協力して、内部をスキャンしたけど、どうやっても開かない構造だった(どうやって組んだのかしら?)。もうあきらめたと思っていたけど、教授は人知れず解いてしまったかもしれない。

「いるんでしょう? 教授......」
 誰もいない研究室で、独りつぶやく。返事はない。さびしい。

 外は雪がふってるけど、室温はちょうどいい。ストーブのヤカンが湯気をあげている。散らかった本、飲みさしのコーヒー、かけられたコート、採点された論文......。ついさっきまでここにいて、ちょっと席を外しているような雰囲気。
 でも、どこを探しても教授はいない。携帯もメールも通じるのに、もう半年以上、誰も姿を見ていない。

 私が部屋にいるかぎり、教授は帰ってこない。私がよそへ行けば、教授はもどってくる。
 教授は死んだわけでも、消えたわけでもない。ただ、ズレているだけ。おそらく教授には、世界から人が消えたように見えているだろう。ペシミストの教授は平気だろうし、不思議と周囲も気にしないが、長年、助手を務めてきた私はつらい。人間的には問題の多い人だったけど、私は好きだった。いなくなった今、強くそう思う。帰ってきてほしい。

「この箱が元凶なら......」

 私は箱に、ハンマーを振り下ろした。
 粉々になった木箱。なにも入っていない、なにも変わらない? そのとき背後で音がした。誰もいないはずの準備室から、ひょっこり教授が現れた!

「あれ? アサミくん?」
 私を見て、教授は目を丸くした。
「教授!」
 私は思わず抱きついて、わんわん泣いてしまった。そんな私を、教授は優しく抱いてくれる。そして言った。

「すまない......」

 とても静かだった。


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