創作  2010年04月25日(日)に書いた ショートショート

第81話:魚心あれば水心あり

第81話:魚心あれば水心あり

「ケンジくん。悪いね、草むしりなんかさせちゃって」

 主任が申し訳なさそうに声をかけてきた。ぼくより年下で、ぼくより低学歴だが、この会社では先輩であり上司だ。
「いえ。なんでもやりますよ」
「そう? じゃ、次は倉庫の片付けもお願いできるかな?」
 ぎゅっと胃がせり上がってくるが、なんとか笑顔をキープできた。
(くそっ、なんで雑用ばかりさせるんだ!)
 悔しいけど、早く慣れなければ。主任の首だと思って、ぼくは草むしりをつづけた。
 ぶちっ、ぶちっ。

 勤めていた証券会社が倒産して、再就職先を探すことになった。
 まさに青天の霹靂。こんな災難が自分に降りかかるとは思わなかった。だが悲劇はつづく。不景気のため、ぼくの経験やスキルが活かせる職場が見つからず、つまらない町工場に雇われることになった。

 そこは常識が通用しない世界だった。なにもかもズサンで、無駄が多い。これじゃ業績が伸びるはずがない。抜本的な改革が必要だが、ぼくは中途採用の新人でしかない。いまはナマイキを言わず、実績をあげなければ。

 しかし会社は、実績をあげるチャンスさえ与えてくれない。来る日も来る日も、くだらない雑用ばかり。やがてぼくは、これが陰湿なイジメであることに気づく。ぼく自身に問題があるのではなく、この会社の連中は、自分より弱いものを叩くことでストレス解消していたのだ。「転落したエリート」というぼくの経歴は、彼らの嗜虐心を刺激したことだろう。
 だが、逃げるつもりはない。踏みとどまって、見返してやらなければ。

「悪いね、草むしりなんかさせちゃって」
 5年後、ぼくは主任に昇格した。そして新人に無意味な雑用をやらせる。かわいそうだが、仕方ない。こうしないと彼らの仲間になれないのだ。

 つづけて倉庫を片付けさせようとしたら、課長に止められた。
「あんまり雑用ばかりやらせちゃイカンよ。それより実務をやらせたらどうだ?」
 ぽんと肩を叩かれる。
 そんな馬鹿な。まだぼくは仲間として認められないのか!?

「で、ケンジ新主任はどうだった?」
 社長に問われた課長は、首を横に振った。
「駄目ですね。あいかわらず手を動かそうとしません。
 自分は特別と思っているようですが、実務は言い訳ばかり。部下をつければ変わるかと思いましたが、ストレス解消の道具にされかねません。かといって部下を取り上げたら、またスネるでしょうし......」

 うーん。
 会社は、無能なケンジの扱いに苦慮していた。


(993文字)

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