創作  2010年04月26日(月)に書いた ショートショート

第82話:お酒のチカラ

第82話:お酒のチカラ

「嫁の浮気相手は、ぼく自身なんだけどね」

 数年ぶりに再会した学友・シンジは、なにやら重い悩みを抱えていた。妻・エリコさんが浮気しているそうだが、話がよく見えない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。最初から説明してくれ」
 夫婦の問題を話すことにシンジは抵抗を感じていた。まぁ、おれはエリコさんとも面識があるしね。しかし今は生活圏が離れているし、明日から海外出張だ。適度な距離感が、シンジの口を割らせたようだ。

 1年ほど前、仕事に行き詰まったシンジは、そのストレスを家庭に持ち込んでしまった。結果、エリコさんも不機嫌になって、いっしょに食事をするのもつらい雰囲気になる。このまではマズイ。そこでシンジは、酒を飲むことにした。

「あれ? シンジって、下戸じゃなかった?」
「いや、アルコールを飲めないわけじゃない。ただ一定量を超えるとべろべろに酔っぱらって、記憶をなくしてしまうんだ。
 これはこれで情けないけど、関係を悪化させるよりマシだと思ったんだ」
「......それで?」

 ある日、エリコさんが上機嫌だったので、その理由を問うてみたところ、夜の実態が明らかになった。

「夜の実態?」
「つ、つまり、ぼくは酔っぱらうと人格が豹変するらしい。
 粗暴で、強引で、ワイルドになるんだって」
「ワイルドなシンジって、想像つかないなぁ」
「ぼくもさ。
 で、エリコさんはワイルドなぼくに愛されて満足中。
 ぼくに居場所はないよ」
「あはは。まるっきりジキルとハイドだな」
「笑い事じゃない!
 だって彼女にプロポーズしたのも、ぼくじゃないんだ。
 あの日も酔っぱらって、目が覚めたらエリコさんが寝ていて、結婚の話が決まっていて......」
 うなだれるシンジを見て、笑えなくなった。

「もう酔わずには帰れない。
 彼女が待っているのは、ぼくじゃないんだ......」

 これはちょっと、やばいかもしれない。

 駅でシンジと別れたあと、おれはエリコさんに電話をかけた。なにを隠そう、今夜はエリコさんに頼まれて様子を探っていたのだ。

「もしもし。うん、言われたとおりだったよ」

 シンジは酔うと寝てしまう。肝心なところで寝てしまうシンジに憤慨したエリコさんは、別人格にプロポーズされたとか、別人格に惚れたと、他愛のないうそをついたのだ。
 ワイルドなシンジなんて存在しない。
 だがそれを本人が信じるだろうか? 信じたとして、2人の関係はよくなるだろうか?

 これはこれで、バランスが取れているような気もする。


(997文字)

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