第91話:明日からの助言

2010年 ショートショート
第91話:明日からの助言

「明日のデートは止めておけ」

 振り返ると、背広を着た男が立っていた。
 夜の神社に自分ひとりと思っていたから、びっくりした。そして男の顔を見て、奇妙な感覚に襲われる。その心象を、男はズバリ言い当てた。

「きみは私を親戚か、"いるはずのない兄"かと思っただろう。
 いや、心が読めるわけじゃない。自分のことだからわかるんだ」
 ひと息ついて、男は言った。

「私は、10年後のきみだ」

 10年後?
 今年16歳だから、26歳のぼく?
 26歳のぼくって、こんな顔になるの?
 つまりこれって...タイムトラベル?

「まぁ、説明するから聞いてくれ。
 きみは──つまり10年前の私は、ユミとデートする。
 それも一線を越えそうなデートだ。きみは興奮し、緊張し、迷っている。このままユミちゃんと深い関係になっていいのか。ユミちゃんのこと、嫌いじゃないけど、男として責任をとれるのか。ぶっちゃけ、結婚を前提にするかどうかって悩んでる。
 それで眠れなくなったきみ──私は家を抜け出して、この神社にやってきた。ここは気晴らしによく来るところだ」

 図星だった。
 それはそうと、26歳のぼくは、ユミちゃんを呼び捨てにするのか。

「この神社はね、来年の地震で崩れてしまうんだ。その跡地に建った研究所に就職して、驚くべき実験に立ち会うことになるのだが、まぁ、細かいことはどうでもいい。
 大切なのは、明日のデートに行ってはならないってことだ」

「なぜです?」

「明日のデートで、ユミは豹変する。超・デレデレ女になって、四六時中、くっついて離れなくなる。おまけに独占欲、嫉妬心が強くて、よそ見もできない。なし崩し的に結婚するんだけど、とにかく大変なんだよ。
 だから、デートに行くな。ユミとは距離を保っておけ。いいな?」

「わ、わかりました」

「よし」

 そう言うと、26歳のぼくは消えた。念押ししたり、別れを告げることもない。出現するときも、イリュージョンのようにぱっと出てきたんだろうな。
 それはそうと、勢いにのまれて了承しちゃったけど、これでよかったんだろうか?
 賽銭箱のとなりに座って、ぼくは考える。
 デートして後悔するのはわかった。しかしデートしなかったら、どうなるんだろう?

「いや、明日のデートは行くべきだ!」

 顔を上げると、背広を着た中年が立っていた。
 26歳のぼくが帰ってきたのかと思ったが、ちがう。

「私は20年後、36歳のきみだ」と男は自己紹介した。
「ちなみに、さっきの26歳の私とは異なる存在だ。別の時間流──つまりデートしなかった未来からやってきたわけだが、まぁ、細かいことはどうでもいい。
 大切なのは、明日のデートをすっぽかしてはならないってことだ」

「なぜです?」

「きみが──つまり20年前の私がデートをすっぽかすと、ユミちゃんは怒って、泣いて、やがて疎遠になっていく。
 それはいいが、その先がない。
 私は36歳になるが、いまだ独身だ。認めざるを得ない。私と付き合ってくれる女性は、ユミちゃんだけなんだ。たとえユミちゃんが変貌して、きみを困らせたとしても、なにもないよりマシだ。つまるところ、気をつければいいだけの話さ。私は経験がないから、なにに失敗したか知らないけど、やればできる。
 だから、デートに行くんだ。失敗を恐れて、負け犬になるなッ!」

「わ、わかりました」

「よし」

 そう言うと、36歳のぼくは消えた。

(あぁ、そうか)
 ぼくは気がついた。
 26歳と36歳のぼくは、未来に帰ったんじゃない。消えたんだ。デートに行かないと決めれば、「デートに行った未来」は消える。デートに行くと決めれば、「デートに行かなかった未来」は消える。現在が変われば、未来も変わるんだ。
 アドバイスはこれで終わり? ひょっとして?

「こういうことだったのね」

 振り返ると、おばさんが立っていた。
「あ、あなたは?」
「私はユミ。40年後、56歳のユミです」
「ええぇぇぇぇーーーー!?」
 た、たしかに、16歳のユミちゃんの面影がないでもないが......そんな、信じられない。30年後のぼくはどうして来なかったんだ?

「手短に言うわ。
 明日、あなたは待ち合わせ場所に向かう途中、交通事故に遭って、死ぬの。ぼんやり歩いてたのは、この夜のせいだったのね。死ぬ直前、あなたは私に話してくれた。おそらくチャンスは40年後だって」
「ちょ、ちょっと待って。それじゃあなたは、40年前に死んだぼくのために?」
「黙って! よく聞いて!」
「は、はい」
 ぴしゃりと言い放つところは、現在のユミちゃんそっくり。

「デートしても、しなくてもいい。とにかく車に注意して。
 私のときは駅前で、白いワゴンだったけど、いつもそうとはかぎらない。
 考え事をしながら歩くのは絶対に駄目。
 本当に気をつけて。ちゃんと前を見て歩いてちょうだい」

「わ、わかりました」

「あなたのことを...」

 最後まで言い終えず、56歳のユミちゃんは消えた。
 それはつまり、ぼくが明日、交通事故に遭わない未来を選択したって意味なのだろう。たぶん、きっと...。

 念のため、2時間ほど神社で待ってみたけど、誰も来なかった。
 それは万事うまく進んで、アドバイスする必要がなくなったのか、ぼくが66歳まで生きられなかったせいか?

 ぼくは考えるのを止めて、家に帰った。
 もう寝よう。明日はデートなのだから。

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