第96話:アン・ノウイング

2011年 ショートショート
第96話:アン・ノウイング

「なぜ信じない? すべて予言されていたんだ!」

 ケイジの話を聞いていると、だんだん信じてしまいそうになる。除籍されたとはいえ、ケイジは大学教授だったから、その言説には説得力があった。

 ケイジが見つけた《古書》には、100年にわたる大事故の発生日時と場所、死者の数が予言されていた。過去99年分が一致しても、ケイジは「偶然の一致」と切り捨てた。しかし、これから起こる事故が次々に的中するのを見て、無視できなくなった。
 ケイジは事故を防ごうと奔走するが、誰も耳を貸さない。結果、事故は起こって、予言された人数が死んでしまう。その繰り返しがケイジを追い詰めた。ケイジは事故現場で何人か救助したが、その行動も予言に含まれているのか、死者の数は的中しつづけた。
 予言の意味なんかどうでもいい。ケイジは予言を外すことに執着した。事故を防ぐか、死者の数を変えればいい。誰よりも予言を信じたケイジが、誰よりも予言が外れることを願っていたとは......。

 だが、警察の見解はちがった。
 警察はケイジが犯人だと思っている。古書は偽物。妄想に取り憑かれたケイジが予言を的中させるために、わざと事故を起こしている。事故発生前にかかる警告の電話も、テロリストの犯行予告と解釈された。状況証拠は真っ黒だ。

 そして今日、ついにケイジの身柄を確保した。列車事故で収容された被害者の中にケイジが見つかったのだ。さいわいケイジは軽傷だったので、こうして事情聴取しているわけだが......私はもう半分以上、ケイジの言葉を信じていた。

「それで、何人ですか?」
「なにが?」
「死者の数です。予言には120人と書いてあった。やっぱり120人ですか?」
「いえ、119人です」
 私がそう言うと、ケイジはすごい形相で襲いかかってきた。
「本当に? 絶対ですか?
 死につつある重傷者はいませんか? まだ見つかってない死体は?」
「ちょっと! 首を絞めないで!
 そんなの断言はできませんよ。
 でもわかっているかぎり、この列車事故の死者は119人です!」

 そのときのケイジの顔を、どう説明すればいいだろう?
 絶対不変の予言が崩れた戸惑い、怒り、不信、後悔、歓喜?

 どれほど感極まったのか、ケイジは死んでしまった。

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