
「男と女の友情は成立するのかしら?」
サヨコの質問に、ぼくは唾を飲み込んだ。
(どうして、いま、そんなことを訊くんだろう?)
ぼくの答えを待たず、サヨコは言葉をつないだ。
「私は無理だと思う。男と女が友だちでいられるのは、欲情してないときだけ。
欲情したら、男と女は、男と女になるのよ」
「そ、それは極端だね」
喉が渇く。
「男と女って、狼と羊みたいな関係でしょ?
いくら友情を育てても、狼が飢えたら羊は食べられちゃうわ」
サヨコの言いたいことがわかった。ぼくを試しているんだ。
「狼と羊はそうかもしれないけど、人間には理性がある。欲情して襲うような友だちは、友だちじゃない。ぼくはサヨコを襲ったりしないよ」
「それは、私に欲情してないって意味?」
上目遣いに見つめられ、心臓の鼓動が早まった。距離を置こうと身じろぎしたが、逆にサヨコは身体をすり寄せてきた。温かい。スキーウェア越しでも、彼女の体温が伝わってくるようだ。この興奮は、特殊な状況のせいにちがいない。
「明日は下山できるね」
ぼくは話題を変えて、窓の外に視線を移した。暗闇で吹雪がゴーゴーと唸ってる。
雪山で遭難し、この山荘に避難して一週間が経った。食糧も燃料もあり、救助隊にも連絡できたが、天候が回復するまではどうしようもない。予報によれば、明日は晴れる。ぼくとサヨコは最後の夜を、寄り添って過ごしていた。
サヨコは職場の同僚で、ただの友だち。
特別な目で見たことはない。しかし今夜のぼくは、サヨコに欲情していた。そしてサヨコも落ち着きをなくしていた。
「飢えた狼が羊を食べちゃうのは、仕方ないと思う」
サヨコは話題を戻した。明らかに誘っている。もう我慢できない。
「わ、わかったよ。ぼくは欲情してる。きみが欲しくてたまらない。
でもそれは特殊な状況のせいだ。サヨコだって、下山したら気持ちが変わるよ!
だから……」
唇に指を添えられ、ぼくは沈黙した。
「特殊な状況では、特殊なことが起こるものよ」
ぼくは理性から手を離した。
◎
「ご無事でしたか、姫」
翌朝、やってきた救助隊は血色のいいサヨコと、干涸らびた男の死体を発見した。サヨコが連絡したのは救助隊ではなく、彼女の血族だった。彼らはテキパキと死体を片付けた。
大叔父にハンカチを渡され、サヨコは口元の血をぬぐう。
予測されたことではあるが、大叔父は嘆息した。
「やってしまったね」
「だって、一週間も血を吸わなかったから……我慢できなかったのよぉ」
(991文字)
ショートショート (55)
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