
「あれ? 母さん、どうしたの?」
アパートに帰ると、ドアの前に母さんが立っていた。
「なに言ってんの、ミホ。今日、泊まりに来るって言っておいたでしょ」
ヤバ、すっかり忘れてた。
田舎の母が恩師に会うため、上京してくるんだった。
私は母さんに謝って、部屋にあがってもらった。
◎
「いい暮らし、してるのねぇ」
上着を脱ぎながら、感想を述べる母。
私は高給取りなので、ちょっと自慢できる部屋に住んでいた。
「これ、なんなの?」
かたすみに追いやられたダイエット器具に興味を示すので、ひとつずつ説明する。専門用語が多いので、今ひとつ理解できなかったみたい。
「あんた、十分にスリムじゃないの」
「スリムだからダイエットしないんじゃなくて、ダイエットするからスリムなのよ」
「そうなの?」
「そうよ。今日だってジムで汗を流してきたのよ。そのあとパーティで大食いしちゃったけど」
「家に器具があるのに、ジムに通ってるの?」
うっ。
「グルメとダイエットが趣味って、矛盾してない?」
うぐっ。
「あんたは環境保護団体で働いているんでしょ?
そんな無駄遣いしていいの?」
うぐぐっ!
まさに、おっしゃるとおり。
付け加えると、私は貧しい国に海外募金している一方で、それらの国から食糧を輸入して、食べ散らかしている。今夜のパーティでも、だいぶ廃棄されちゃった。でもまぁ、それはソレ、これはコレ。仕事とプライベートは分けて考えないと。
私は消費が経済を支える都市型生活について説明したが、なかなか理解してもらえなかった。
◎
寝る前、母は机の上にある書類に目をとめた。
「ミホ、この書類は…」
「あぁ、それは見ちゃ駄目。うちの団体の活動記録だから」
「政治活動じゃない」
「環境を守るためには、政治に訴えるのが一番なのよ。
いま、政府の無駄な公共事業を叩いているところなの」
しばらく黙ったあと、母は話しはじめた。
「明日ね、母さんは恩師のところに行って、融資をお願いするの」
「融資? なんで? 父さんの仕事、うまくいってないの?」
「そうなの。公共事業がストップして、父さんの会社、破産寸前なの」
「えぇ?」
「でもたぶん、恩師が支援してくれると思う。
それが駄目なら、あんたに家業を手伝ってもらおうかしら」
「まさか、母さんの恩師って」
「そう、あんたたちが糾弾している大臣さんよ」
(939文字)
ショートショート (55)
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