創作  2014年02月14日(金)に書いた ゆっくり文庫

【ゆっくり文庫】小泉八雲「停車場にて」

【ゆっくり文庫】小泉八雲「停車場にて」

罪のため流れる涙──

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原作について

小泉八雲

小泉八雲
(1850-1904)

 小泉八雲といえば「耳なし芳一」や「雪女」といった怪談が有名だが、明治時代の日本の情景、風習などもたくさん記録している。本作はその1つ。読んだのはずいぶん前だが、小泉八雲の人物像や背景を知らないとわからないので、解説パートを追加した。

 八雲は放浪者だった。守るべきものも、還るべきところもない。苦労して新聞記者になったのに、それを放り投げて日本に居座ってしまった。そこに迷いや後悔がなかったわけじゃない。八雲は何度も日本に失望し、職や住まいを変えている。そうした背景を踏まえて読むと、深みが増すだろう。

 私たちにとっても、120年前の日本は別世界だ──。

 西南戦争は日本最後の内戦である。どれほどの災禍があって、どれほどの変革がもたらされたのか? 戦争を生き延びた人々は、どんな思いで子どもを産み、町を再建したのか? 当時の警察官は、おそらくサムライに近いのだろう。そんな警察官の涙に驚く西洋人にも、驚かされる。恥ずかしい話だが、現代の日本人が当時にタイムスリップしても、「なに泣いてんの?」とか「被害者の人権は?」とか言い出しそう。120年で、なにもかも変わってしまった。

 犯人は「赦してくれ」と言ったが、「助けてくれ」とは言わなかった。巡査を殺しているから、死刑は免れない。しかしただ死ぬのではなく、罪を償うために喜んで死にたいと言う。現代人には理解しがたい心情だ。つまるところ、犯人もまた熊本人だったわけだ。
 私は世界各地の道徳に詳しくはないが、罪人のため涙を流す大衆や警察官がいる日本は、やはり奇妙だったんだろうな。

 本作はきわめて短いが、テンポをよくするためセリフや描写はけっこう刈り込んだ。また会話を成立させるため、五高の生徒(ようむ)を登場させた。彼は熊本人の気質について語ることはないが、表情から心中を察してほしい。

 ちなみに第五高等学校は、日本で5番目の旧制高等学校(ナンバースクール)である。明治維新後の教育については語りたいことが山ほどあるが、それは別の機会にゆずろう。【ゆっくり文庫】を作っていると、人間の営みや歴史に思いを馳せてばかりだ。

動画制作について

 動画制作はしばし休むつもりだったが、『山月記』に広告がついたので急遽制作する。なんとなく閲覧数も伸びているから、ここは有名なタイトル──小泉八雲なら怪談──をやるべきなんだろうけど、自分をクールダウンさせる意味で本作を選んだ。短いし、盛り上がりもないから、あまり喜ばれないだろうけど、まぁ、いいっしょ。

 今回はキャラクターを、いつもの0.6倍から0.7倍に変えてみた。0.8倍だと画面が狭くなる。0.7倍は悪くない。このサイズで過去作品を作りなおそうかな。しかし口パクのコマ落ちが見えてしまう。一般会員の制約が厳しくなってきた。

 ハーンは隻眼だが、キャラクターでは再現しなかった。また小泉八雲がどのくらい日本語で会話できたかも勘案しない。そういうところが気になる人には向かないシリーズだ。

 犯人役は安定のきめぇ丸。コメントを読むと、きめぇ丸のファンが多い。イケメンの主役より個性派の脇役にファンがつくようなものだ。汚れ役ばかりやらせるのは気がひけるが、きめぇ丸でなければ成り立たない。また『一房の葡萄』のジムのように、ちょっといい役を与えてやりたい。

 杉原母子は当初キャラクター(ゆゆこ&ようむ)で表現していたが、緊張感がないのでシルエットにした。子どもの視線を強調したいが、白目を描きこむとおかしくなった。とはいえシルエットだけだと注意が向かないので、『アウル・クリーク』や『山月記』で使った強調演出を加えた。子どもの目をカット・インさせるかどうかは最後の最後まで悩んだ。

 熊本の明治時代の写真がぜんぜん見つからない。なので現代の写真を使った。しかし『少女病』のような匿名加工はしない。120年の時間差はあっても、上熊本駅や五高の写真だからね。このまま観光案内に使えそうな気がしてきた。いい写真があったら教えてください。

 次回も小泉八雲の、怪談でない話をやろう。

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