創作  2014年09月13日(土)に書いた ゆっくり文庫

【ゆっくり文庫】小泉八雲「和解」

【ゆっくり文庫】小泉八雲「和解」

怖いのは幽霊じゃない──

*** コメント待ってます ***

原作について

 高校生のころ、はじめて読んだときはインパクトが弱いと思った。九百年前からある怪談だから、結末がミエミエなのだ。しかし齢を重ね、結婚してから読み返すと、がらりと印象が変わった。そしてようやく、タイトルの意味に気づいた。これはラブストーリーだった。

参考

 妻の視点で考えてみよう。

 妻は命日である九月十日の夜だけ現世にもどることを許された。おりしも夫が帰ってきたが、無人の廃屋に入ってくるはずがない。それでも妻は出迎えず、暗がりで待った。夫は恐れず、迷わず、疑わず、奥へ奥へと進み、妻を見つけてくれた。妻は言った。

How did you find your way here to me, through all those black rooms?
こんな暗いところを通つてどうして道が分りましたか
[意訳] 真っ暗な部屋ばかりの中、よくここまでおいでくださいました。

小泉八雲「和解」
※夫は試練を乗り越えた

 このシーンがめちゃくちゃ好き!
 そして償いをしたいという夫に、妻は答える。

this honorable visit would be ample amends;--what greater happiness than thus to see him again, though it were only for a moment?
かうして來て貰つた事が何よりの償ひになるのであつた、たとへほんの暫らくでもかうして叉會はれる事が何よりも嬉しいと彼女は云つた。
[意訳] はるばる来てくださった、もうそれだけで十分にございます。たとえ一瞬であっても、こうしてまたお逢いできたことが、なにより嬉しいのです。

 彼女はわかっているのだ。夜が明けたら終わってしまうことを。しかし夫は気づかず、カネがある、友だちもいる、家来もいる、欲しいものはなんでも揃えてあげると自分の力を誇示し、さらに眠らず、いろんなことを話してくれた。どれほど妻は嬉しかっただろう!
 妻が美しすぎるという印象もあるが、一生に一度もないチャンスなのだ。もっとも美しい自分を見せたいだろうし、わだかまりを残したくないだろう。もし自分に同じチャンスが巡ってきたら、どう振る舞うだろうか。

 セックスしないところも夫婦愛の深さを感じさせる。性欲だけじゃ廃屋に入っていけない。このあたりの機微も、若いころはわからなかった。

that he clutched at the mocking shadow of a doubt.
彼は自分を嘲弄して居る疑惑の影をつかまうとした。
[意訳] これはなにかの間違いだ。そう思いたかった。

 夜が明けると妻は白骨死体にもどるわけだが、夫の反応を示す一節がわかりにくい。
 つまり夫は、「白骨死体=妻が死んでいる」という連想を拒否したのだ。そしてわざわざ近隣の人に事実確認している。妻の純粋さがきわだつ本作だが、夫の一途さも飛び抜けている。

 「今昔物語」は淡白すぎる。「浅茅が宿」は共感しづらい。
 小泉八雲の「和解」は泣ける。

余談:映像化作品について

 1953年の映画『雨月物語』は、「浅茅が宿」と「蛇性の婬」の組み合わている。妻が幽霊になって待ってくれていたシーンは結末にあるが、妻が一方的に従属しているような印象を受ける。物足りない。

雨月物語

ただ待っていた妻

 1965年の映画『怪談』の第一話「黒髪」は、「和解」を原作にしている。かなり忠実に作られているんだけど、最後が恐怖映像になってしまっている。納得できない。だから、【ゆっくり文庫】を作ったのだ。

怪談

夫は白骨死体に恐怖する

翻案について

 多くの文学作品がそうであるように、本作も重要なことが文中に書かれていない。なので展開を組み替え、セリフを加除して、わかりやすく翻案しようと思ったが......できなかった。
 まだるっこしい会話も、遠回しな表現も、欠けがえのない要素だった。

 なので原文をそのまま映像化した。古い和訳しかなかったので、私が意訳した。原文を表示し、冒頭のみ読み上げた。「よくある怪談」という先入観を吹き飛ばし、西洋人の視点を意識してほしかったからだ。

泣いていい

 原文をよく読むと、サムライは泣いてない。小泉八雲が生きた時代──ヴィクトリア朝末期&明治時代──において、男の涙は禁断だった。なので【ゆっくり文庫】でもサムライは涙ぐむが、涙をこぼさせなかった。

小泉八雲「和解」
※何度も涙ぐむ

 しかし私は、泣いていいと思う。なので最後に泣くシーンを加えた。声がないのは、原文にないから。サムライを泣かせてやることも、【ゆっくり文庫】で取り上げた理由の一つだ。

小泉八雲「和解」
※泣かせてやりたかった

動画制作について

 困ったのは背景。深夜の廃屋なんて写真がないよ。機織り機、粗末な袖、行灯、針仕事、月光、陽光、白骨死体も、どう表現するか悩んだけど、結局、あきらめた。なにをやるかより、なにをやらないかを決めることにパワーを使っている。この編集後記を読んでる人には毎度同じことの繰り返しで申し訳ないが、本当にそうなんだ。

黒髪

 黒髪はこの物語の象徴だ。東方キャラで黒髪ロングと言えば輝夜だが、イメージに合わない。魔理沙を黒髪にしても似合わない。どうするか悩んだが、あきらめた。寝るときも魔理沙は帽子を脱がず、霖之助も眼鏡を外さない。こまけぇこたぁいいんだよ!

黒髪の魔理沙

屍の後ろ姿

上海人形の良心

 第二の妻をきれいに退場させることが、物語のキモになる。失敗すると夫は不実を重ねてしまう。「新しい妻とは子どももなかったので」という注釈は、八雲が追加したものである。八雲自身が不幸な結婚によって産まれているから、その可能性をつぶしておきたかったのだ(と思う)。

 第二の妻を演じるのは、もちろんアリス。しかしアリスは愛嬌があって、離縁されてかわいそうに見えてしまう。原文どおりに映像化したいから、会話を追加できない。そこで、上海人形に「良心」を演じてもらうことにした。

 離縁されたとき、最初は上海人形もいっしょに驚いていたが、逆に上海人形は喜ぶようにした。上海人形はこの結婚に反対だったのだ。だから大丈夫。アリスには上海人形がいる。そう思ってもらえれば幸いだ。

同期

非同期

【ゆっくり文庫】の演出

 原文どおりでも演出はある。話している側だけでなく、それを聞いている相手の顔。距離、明るさ、位置関係など。たぶん最初は気づかないだろう。そうとわからない演出が、よい演出かもしれない。



【ゆっくり文庫】の間

 近ごろ、動画を14分とか17分ちょうどで終わるよう調整しているが、今回は脚本をいじれず、音楽の時間制限もあって難しかった。【ゆっくり文庫】は必要なものしかないため、なんでもないシーン(動作、情景など)で調整できない。しかし簡潔すぎると、視聴者が意味を考えるよゆうがなくなる。なんでもないシーンの追加は、今後のテーマになるだろう。

小泉八雲「和解」
※今回のタイムライン

 次回だが、ちょっと忙しくなるので間が空きます。ご承知おきください。

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【ゆっくり文庫】小泉八雲「和解」