【ゆっくり文庫】W.W.ジェイコブズ「猿の手」 The Monkey's Paw (1902) by William Wymark Jacobs

2015年 ゆっくり文庫 イギリス文学 ファンタジー
【ゆっくり文庫】W.W.ジェイコブズ「猿の手」
039 ダーク・パロディ──

つつましく暮らすホワイト氏は、かつての教え子から奇っ怪な猿の手を譲り受けた。それは3つの願い事を叶えてくれるいうのだが。

原作について

W.W.ジェイコブズ

W.W.ジェイコブズ
(1863-1943)

 「3つの願い事」は古来から伝わるお伽話で、これはそのダーク・パロディ。「魔法少女」と「まどか☆マギカ」みたいな関係だ。というか、願いが呪いを生むというプロットはまんま「まどか☆マギカ」に受け継がれている。私が見た範囲でも下記のような作品がある。「ペット・セマタリー」なんか、本作を踏まえて読むと味わい深い。まじないは人を狂わせる。

  • 星新一「ノックの音が」 ... あふれるアイデア。素晴らしい!
  • 西尾維新「するがモンキー」 ... 猿の手の正体について、より納得できる設定。
  • ジョジョの奇妙な冒険 第3部「審判」 ... そのまま。
  • 世にも奇妙な物語「猿の手様」 ... そのまま。
  • ウルトラQ dark fantasy「トーテムの眼」 ... そのまま。
  • スティーヴン・キング「ペット・セマタリー」 ... わかっていてもやってしまう悲しさ。

 原作未読でもオチが読めてしまうから、【ゆっくり文庫】に加えるべきか迷ったが。まぁ、キホンを押さえておくことは大事だろう。【ゆっくり文庫】は原作に忠実じゃないけど。

教訓はあるのか?

 救いのない話だ──。運命を変えようとした代償というには理不尽で、ホワイト氏に落ち度があったとは思えない。モリス曹長に悪意があったとする描写もない。だれが悪いわけじゃなく、ただ悲劇だけがある。次に活かせる教訓もない。だから、ホラーなんだろうな。

 インドの行者やモリス曹長を憎んで納得してほしくなかったから、原作にないセリフ──「だれも憎まなくていい」を加えた。ホワイト氏はそれが教訓というが、そうとでも思わなきゃやってられないだけだろう。

W.W.ジェイコブズ「猿の手」
※教訓なんか、ない

3×3

 「猿の手」によるウィッシュは、3回×3人までという制約がある。だから夫人はホワイト氏に願いを託すし、息子が盗み出すこともない。すべての魔力が使い尽くされて終わる。よく考えられている。

 最初の男とモリス曹長は、どんな願いをしたんだろう? 自分が助かるため部隊を全滅させたとか、そういうエピソードがありそうだ。

配役について

 ゴーゴリ「外套」の次に発表するつもりで制作したが、出来栄えに納得できず、ずっと死蔵されていた。初期配役はホワイト氏(=魔理沙)、妻(=早苗)、息子(=フラン)だったが、どうにも迫力がなかったのだ。子(=妖夢)を失った母(=幽々子)は鬼気迫るものがあった。

 追加された幽々子と妖夢の表情は、マープルとチンピラで使うはずのものだった。それぞれ制作が遅れているため、こちらが先に発表される。妖夢のジト目は、意地悪以外の表情が作れてよかった。

ゆっくり文庫版:幽々子
※幽々子:うつろな目と涙目

W.W.ジェイコブズ「猿の手」
※ゆゆ様、こわい

ゆっくり文庫版:妖夢
※妖夢:ジト目

W.W.ジェイコブズ「猿の手」
※妖夢のよこしまな表情

動画制作について

 試行錯誤したのは「間」だ。【ゆっくり文庫】は「間」を削り過ぎる傾向があるから、何度も何度も見なおして、「これ以上はない」と思えるほど練り込んだ。と言っても半年もすれば稚拙に見えてしまうんだろうな。

 ハーバードの訃報に接したホワイト夫妻が、ショック→悲しみに移行する「間」がもっとも難しかった。いきなり泣き出すのはおかしいが、黙っていて泣き出すのも不自然だ。そこで工場の悲劇をイメージ的に挿入した。情報としての価値はないが、変化のクッションになったと思う。

W.W.ジェイコブズ「猿の手」
※「間」は難しい

 もう1つ困った点は、クライマックスでホワイト氏と妻がもみ合うところ。原作の動きはもっと複雑だが、そのまま再現できない。暗転じゃ物足りない。そこで「突き飛ばし」と「ピヨリ」という動きを作った。どちらも【ゆっくり文庫】では珍しい表現だ。

W.W.ジェイコブズ「猿の手」
※クロマキー合成を覚えた

 ホワイト家の背景は、原作からイメージされるものより豪華になっている。もっと手狭にしたかったが、適当な写真が見つからなかった。ホワイト氏が「いい暮らしをしている自覚がない」ことを表現できると考え、そのまま使ってみた。

W.W.ジェイコブズ「猿の手」
※豪華なホワイト家

音楽について

 音楽はずっと秋山裕和氏のフリー素材を使ってきたが、商業音楽をお借りすることが増えてきた。ちゃんと申請すれば問題ないみたいだから。たぶん。
 今回使った2曲は、2003年のアニメ「鋼の錬金術師」から。作曲は大島ミチル氏。ダンテの旋律が好きで、耳に残っていた。人体錬成というテーマもなんとなく関連性があっていい。

 アニメやゲームの名曲がどんどん忘れ去られていくのは悲しい。【ゆっくり文庫】で取り上げることが、忘却への抵抗になればいいな。まぁ、それが作曲家の利益になるかどうかは知らないが。

雑記

 シーズン1に比べ、1本あたりにかける制作時間が倍増している。技術的に進歩したわけじゃないが、細かいところが気になってしまう。「ベストを尽くす」のは簡単だが、「ベストを尽くしつづける」のは難しい。ふったサイコロの目が全部6になるまで作業が終わらない。

 いま4本の動画がストックされているが、順序の問題ですぐ公開できない。このまま12本くらい貯めようと思っていたが、公開しないと細かな修正が終わらず、先に進めない。もどかしい。私を冷静に評価し、運用してくれるプロデューサーが欲しい。

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