【ゆっくり文庫】アシモフ「日曜の朝早く」黒後家蜘蛛の会より Early Sunday Morning (1973) by Isaac Asimov
2016年 ゆっくり文庫 アシモフ ミステリーミステリーのない殺人──
ゴンザロの妹が殺されたのは日曜の朝だった。犯人は捕まっていないが、これといったミステリーもない。つまらない話と思っていたが...
原作について
アイザック・アシモフ
(1920-1992)
「死角」が完成すると、このフォーマットで何本か作りたくなって、2作目として「日曜の朝早く」を選んだ。ぶっちゃけトリックは粗いが、ヘンリーの沈黙が印象的だった。
もし推理を披露すれば、ヘンリーは「謎解きの名人」と喝采を浴びただろうが、ゴンザロは妹を殺した犯人をかわいがり、カネを与えていたことが露見して、つらい立場となる。アレックスの処罰も不可避だ。
また、「この部屋で話されたことを口外してはならない」というルールに例外が生じることとなり、今後、ゲストに質問しづらくなる。結果、ゴンザロは出席しなくなり、黒後家蜘蛛の会は自然消滅しただろう。
名探偵はとかく自己顕示欲が強いものだが、ヘンリーはみんなのために沈黙した。
給仕という位置づけが映える。
このエピソードで私はヘンリーを好きになった。
【余談】探偵ドラマが好き
私が好きなのはミステリー(謎解き)ではなく、探偵ドラマのようだ。
もちろん謎は解明されるべきだが、モンスターを倒して終わりじゃつまらない。人間がモンスターに驚き、おびえ、戸惑い、立ち向かい、裏をかき、ねじ伏せ、利用し、あるいは見逃す──その葛藤や判断がたまらないのだ。
機械的に謎を解く探偵も好きだ。「正義」の名のもとに秘密を暴き、事件そのものより大きな悲劇を起こしても一顧だにしない狂気もすてき。その場合、周囲の人(ワトソン役)が常識人でないと映えない。
テレビドラマ「相棒」も、推理マシン・杉下右京が異物として扱われるときはおもしろいが、正義の執行者になるとつまらない。
ホームズやマープルも原作では正義の執行者という色合いが強いが、【ゆっくり文庫】は悩める人間として描きたい。知性という暴力を与えられた人間が、それをなんのために、どのように使うかを描きたい。
謎解きは重要だが、中核じゃない。マクガフィンのようなものだ。
トリックを差し替えても成立するドラマがいいよね。
翻案について
サマータイムを使ったトリックはかなり強引に感じる。60年代アメリカでは説得力があったのだろうか? ゴンザロはイタリアから移民してきたばかりとか、時空歪曲装置といった設定を足せば説得力が増すだろうが、そのまま使うことにした。注目すべきはトリックじゃない。
原作のマージはゴンザロの双子の妹で、精神的共感っぽい現象が述べられているが、ややこしいので省略した。ほか、いろいろ手を加えている。「スズメバチの巣」と同じくらい翻案されたので、興味がある人は原作と読み比べてほしい。
なぜ気づかなかったのか?
原作では、「アレックスはまじめに働くのがいやになって、マージと喧嘩して、殺してしまった」となっている。そのまま動画にしたが、ゴンザロが3年もサマータイムに気づかないことや、アレックスがゴンザロからお金を借りることが不自然に思えた。
ふと、「アレックスは裁きを待っているのでは?」という妄想推理がひらめいた。
妄想推理
アレックスは、ヒステリーを起こしたマージと揉みあいになり、あやまって殺してしまう。さいわい義兄ゴンザロを利用することで逮捕は免れたが、罪悪感のため落伍者にもどってしまった。
アレックスはサマータイムの始まりと終わりにゴンザロを訪ね、時計の針をいじっている。自分の罪を隠しつつ、ゴンザロに裁かれることを待っていたが、3年が経って、自殺寸前の精神状態になっていた。
ゴンザロは直感的にアレックスが犯人でないこと、かつ、無実でないことを見抜いていたが、論理的に理解できずにいた。
これならヘンリーが慎重になったのも納得できる。よって最後のセリフも「じつの妹さんのため」だけでなく、「義弟さんのため」を加えた。ゴンザロはアレックスを好いていた。そこに偽りがあったとは思いたくない。
このアイデアを、どうして動画制作する前に思いつかなかったんだろう?
※時計がずれていた、というのは意外なんだけどね
後日談は、次の次のエピソード(指し示す指)の冒頭を翻案している。原作では電話で済ませているが、控室に移したことでより印象的に仕上がったと思う。
※この話は「いつもの部屋」でしてはいけない
黒後家蜘蛛の会について少しずつ
「黒後家蜘蛛の会」の詳細な説明は不要と思っていたが、本作には下記2つのルールが不可欠なので、冒頭で軽く触れている。
- 「ミラノ」の部屋で話されたことは口外を禁じる。
- ヘンリーは正規メンバーであり、ルールが適用される。
「ヘンリー、きみらしくもないぞ、そのわざとらしい遠慮は。きみがこのささやかな徒党の一員であることは、 きみ自身わかっているはずじゃあないか。すなわち、この会にまつわるすべての特権を、きみは認められているんだ」
「鉄の宝玉」
合わせてオープニングナレーションも少し変えた。ヘンリーが沈黙した理由が、ここで述べられている。
※少しずつ状況を描く
アレックスの見せ方
もっとも悩んだのはアレックスの視覚的表現。名前がある登場人物はアレックスしかいないから、アレックス=犯人と疑われるのは避けられない。演出方針としては、1.アレックスの悲しみを強調して意外性を高めるか、2.悪者っぽさを強調して惑わせるか、のいずれかだが、どちらもしっくり来なかった。
※方針1.悲しみを見せる
※方針2.悪者っぽく見せる
そこで、事件後のアレックスは顔を隠すことにした。
妻を失ったアレックスがどんな顔をしていたか、わかるのは最後。これが正解だろう。
「黒後家蜘蛛の会」では回想シーン(視覚化)がネタバレになると、自分で言っておきながら、こういうことかと納得した。
※方針3.伏せる
※妻を失ったアレックスの顔
推理パート
ゴンザロは事件に謎があると思っておらず、気になる情報もないため、推理は捗らない。しかし後半のため、心理描写が重要になる。
推理 | ゴンザロの反応 |
---|---|
麻薬中毒者の行動パターンか? | 知らない(興味ない) |
夫婦喧嘩の理由は? | 忘れた(重要と思ってない) |
マフィアの暗躍は? | 怒りをにじませる(アレックスを悪く言ってほしくない) |
隣人の証言は信じられるのか? | 宇宙人かもとふざける(飽きてる) |
痴情のもつれは? | わからない(断定できない) |
自殺の可能性 | マージが人を殺す可能性を認める |
その他の可能性 | ないと打ち切る |
ヘンリーの見解 | 背を向ける(真相を聞きたくない) |
※ゴンザロは真実(ヘンリー)の方を見ない
ちなみに下記がメンバーの考え方。トランブルは口は悪いけど、あんがい几帳面で、ヘンリーになにかを遺贈する遺言状を書いていたりする。このあたりも回を重ねないと描けないが、ホームズみたいに原作から乖離するだろうな。
キャラクター | 考え方 |
---|---|
ジェフリー・アヴァロン 《弁護士》 |
ゴンザロの言うとおり、よくある殺人事件と思っている。言葉を選んでいるが、好奇心はある。 |
マリオ・ゴンザロ 《画家》 |
アレックスに疑わしい点はない、と自分に言い聞かせたい。 |
トーマス・トランブル 《暗号専門家》 |
アレックスが犯人だと決めつけている。どんなに残酷でも、真実と向き合うことが正しいと思っている。 |
ロジャー・ホルステッド 《数学教師》 |
軽率な質問でゴンザロを傷つけてないか不安。話に違和感をおぼえているが、正体がわからない。 | イマニュエル・ルービン 《作家》 |
終わったことだから自由に推理している。ゴンザロの気持ちに気づいてない。 |
ジェイムズ・ドレイク 《化学者》 |
やはり終わったことと割り切っている。麻薬中毒者の習性分析や、証言の信憑性を疑うアプローチは、学者として正しい。 |
一幕一場に非ず
今回は暗転を挟んで2つの場所が舞台となる(後日談も含めれば3つ)。「黒後家蜘蛛の会」らしくないと思われるかもしれないが、「ブロードウェーの子守歌」のようにルービンの部屋とエレベーターホールが舞台になった例もある。
舞台が変わると気分が一新される。見ている人はわからないかもしれないが、一幕一場のプレッシャーは強いのよ。
※場面展開はありがたい
動画制作について
技術的に新しいことはなにもしていないが、少しずつ手順が洗練されている。
たとえば推理パートはキャラ素材、スクリーン(50%の黒い背景)、推理アイテムの順で重ねているのだが、適当に並べるとタイムラインが煩雑になり、Avi-Utlで読み込んだときに修正しづらくなる。同じフォーマットを2度繰り返したことで、だいぶコツがつかめた。このノウハウを3作目に活かしたい。
楽曲
BGMは「死角」と同じ曲目にした。「Fly Me To The Moon」や「C Jam Blues」を加えたかったが、うまく合わせられなかった。
「死角」を視聴した嫁が、「Take Five」のドラムソロパートが耳障りと言い出した。原曲では盛り上がるパートなのだが、SoundEngine Free で調整した。こうした調整は Avi-Utl でやるべきなんだが、使い方がわからない。
【ゆっくり文庫】は曲に合わせて脚本や間を調整しているが、音響をいじるスキルがないため、原始的な試行錯誤を繰り返している。なんとかしたいが、億劫でもある。
※ドラムパートの音量を下げた
雑記
今回は公開前のマチガイが見つかって、何度も再出力することになった。作品に使われるオブジェクトが増えて、かつ制作中に脚本を変えたことから、チェックが追いつかなくなっている。「死角」でもオブジェクトの重なり順をまちがえてしまった。公開前チェックをやってくれる相方がほしい。ちなみに、うちの嫁はボンクラなので不向き。
さてさて、「黒後家蜘蛛の会」3作目も、すでに完成している。
ペースが早いと、個々の作品をじっくり見てもらえないかもしれないから、しばらく寝かせておきべきだろうか?