【ゆっくり文庫】コナン・ドイル「六つのナポレオン」シャーロック・ホームズの帰還 The Adventure of the Six Napoleons (1891) by Arthur Conan Doyle
2016年 ゆっくり文庫 イギリス文学 ホームズ ミステリー
059 推理の過程──
ロンドン市内でナポレオンの胸像が次々と3体破壊された。4体目のナポレオン像は死体とともに発見された。ホームズは犯人の目的、正体、次の行動を推理する。
原作について

アーサー・コナン・ドイル
(1859-1930)
「赤現連盟」や「まだらの紐」と並ぶホームズの代表的エピソード。不自然な行動から目的を推理し、先んじて罠を仕掛け、買い取った胸像から黒真珠が出てくる展開に興奮する。こういうワクワクする推理モノって、もう流行らないのかな? レストレード警部の人となりがわかるのもポイント。
しかし冷静に考えると「ボルジア家の黒真珠」の情報が欠落しているため、読者はまったく推理できない。このへんを整理した翻案を作ろうと、当初は軽く考えていた。
グラナダTVの翻案 - ほんとにマフィアが登場!!
グラナダTV版は、レストレードの勘違いだった「マフィア説」をそのまま映像化している。ピエトロ&ルクレティア兄妹はマフィア(ベヌーチ・ファミリー)の一員で、おまけにボス(パーパ・ベヌーチ)の子である。ルクレティアはベッポを愛しており、彼がマフィアの掟を破り、ピエトロを刺したあとでも復讐に反対した。ところが中盤から「自分が殺す」と言い出し、最終的にはベッポが死刑になっても動じなくなる。なにがあったのか?
マフィアの娘が小間使いをしてる部屋で盗難があれば、まっさきに疑われるだろう。ピエトロも正式な復讐に彫刻ナイフなんか使うな。町のチンピラだから納得できた行動が、ちぐはぐになっている。
※グラナダTV版(第3シーズン第20話)
翻案について
冒頭の3人の会談に「ボルジア家の黒真珠」の情報を織り込み、マフィンの近況で注意を逸らす。まぁ、繰り返し再生できるニコニコ動画じゃ、どうやってもネタバレされるけどね。
かくして第一稿ができあがるが、おもしろくない。ホームズの推理が見えないから、受け身になってしまうのだ。
推理の過程を描く
ふと、探偵の思考をすべて明かす演出を思いつく。
探偵がどこに注目し、どんな情報を引き出し、なにを思い出し、いかなる判断を下したか? 逐一ネタバレするから「最後の謎解き」の興奮は失われるが、こんな切り口があってもいいだろう。
かくして第2稿が完成。ワトソンとホームズの一人称が錯綜しているが、全部ホームズ視点にするか最後まで悩んだ。
「推理の過程」を描いているので、時系列にそったわかりやすい「最後の謎解き」はカット。推理ボードから汲み取ってほしい。ベッポ逮捕シーンも計画の実行でしかないので簡略化。ミステリーの見どころをばっさり省いてしまった。
※事件の全容は図でわかってくれ
しかし「推理の過程」を描くことがテーマになってしまい、胸像を砕いて黒真珠を出てくる展開のインパクトが弱まってしまった。「ホームズ視点」を別動画にするなどの工夫も考えたが、これはこのまま公開することにした。たぶん現代人の感覚じゃ、いきなり黒真珠が出てきても楽しめなような気がする。私が原作に親しみすぎて、ストレートな表現を避けたいだけかもしれないが。
※なにも知らずに驚くより、すべてを知って驚いてほしい
合理的な推理ではない
厳密に考えれば、ベッポが4体目で黒真珠を見つけた可能性を否定できない。その場合、警察や新聞に情報を与えなかったことは悪手となる。また5体目や6体目の持ち主が電報を読まなかったり、無視する可能性もあるから、昼のうちに残る2体の所有者を訪ね、先んじて胸像を買い取るか、偽物とすり替えておくべきだ。
しかし厳密にやれば、おもしろくなるわけじゃない。多少の飛躍があっても気にしちゃ駄目だ。
おそらくレストレード単身でも事件は解決しただろうが、黒真珠は持ち去られた可能性が高い。ホームズの判断が疾かったから、追いつき、先回りできた。そこには「賭け」の要素もある。賢いだけじゃ、ハンターになれない。
レストレード警部という人物
ワトソンは、ホームズの手柄を横取りするレストレードに否定的だったが、本作「六つのナポレオン」あたりから打ち解け、好意的になる。しかし本作のレストレードはまったく無能で、好人物と思わせる描写はない。ラストで最大限の賞賛を送っているが、「敗北を受け入れる潔さ」とか「勝敗より街の平和を優先する姿勢」と解釈するのは無理がある。だとしてもレストレードはホームズから利益を得ているし、ホームズもレストレードを利用している。賞賛の1つや2つ、いくらでも言える。
それでも3人は仲がよかったと思う。打算があっても、不誠実というわけじゃない。うまく説明できないが、そういうものさ。
※最後にホームズとワトソンが大笑いした理由は、私も説明できない。
ワトソンを描く
私はワトソンを強調したい。なるべく推理に絡めるようにしてきたが、今回は難しい。なのでワトソンがペースメーカーになっている演出を加えた。レストレードは、ホームズが安定したことに気づいている。だからワトソンを賞賛するのだ。
こういう掛け合いは楽しいし、いくらでも作れる。ミステリーだが、推理そのものは重要でなくなってきている。
※推理に絡まなくても必要なワトソン
なぜ英国人は、敵国の大将であるナポレオンの胸像を重宝するのか?
書かれた当時は常識だったが、現代人日本人にはわかりにくいので、時代背景を説明することにした。ワトソンが「未来の読者のためにメモを残した」と思ってくれ。 「ボナパルティズム」も併せて説明したかったが、本編から外れちゃうので見合わせた。こうして時代背景を書くと、歴史の教科書より覚えやすい気がする。動画を作っている私だけか?黒真珠の隠し先が、ナポレオンの胸像である必然性はまったくない。しかしナポレオンであれば、ダビデやヴィーナスの像より砕きやすい。馬鹿げた主張(赤色共和主義者)も出しやすい。こうなるともうナポレオンの胸像しか考えられない。
ちなみに「六つのナポレオン」は大正4年(1915年)、「乃木大将 肖像の秘密」という題で翻案されており、なんと明治天皇を慕って殉死した乃木希典の石膏像に置き換えられている。「乃木大将を砕くなんて畏れ多い!」と批判されなかったのは、まだ軍国主義が台頭しておらず、自由闊達な大正ロマンの時代だったからか。
下記で全文を読める。原典とまったく異なる雰囲気がたまらない。
※肖像の秘密 (高等探偵協会編)
配役について
ナポレオンの胸像にまつわる高齢者に東方五大老(ゆかり、えーりん、かなこ、ゆゆこ、ひじり)を配役するつもりだったが、モリアーティーとマープルが混ざるのでやめた。
新聞記者ホレス=ハーカーは射命丸文が順当だが、レストレードがきめぇ丸なので見送り、こーりんに。ハーディング・ブラザーズはカット。ハドソン商会はまぎらわしいので、モリス商会に変更。「猿の手」からの引用でめーりんが配役されると、「赤毛連盟」からの引用で「半額の給与でいいと言うので雇った」というセリフが決まる。めーりんは使いやすい。
※陰謀説を唱え、帳簿を大事にするモリス氏
ゲルダ製作所のゲルダは にとり だったが、イメージが若いので らん に替えた。苦労してそうな表情が似合う。
ホームズに胸像を売ってしまうサンフォード氏は、これまた「青い紅玉」からの引用で てんこ。モブを除けば2回目の出演になる。今回、髪型をちょっと修正した。ちなみにゲルダ製作所は胸像を6シリングで卸し、12シリングで売れると言っていた。それを15シリングで買ったのだから、サンフォード氏のマヌケっぷりが伺える。
※ゆっくり文庫版てんこ
※悪い人じゃないんだけど、幸薄い感じ
ベッポは当然ありす。ピエトロ=ようむ、と言いたいところだが、小間使いのルクレティアがいるので ふらんを抜擢した。短気なイメージがちょうどいい。悪人であることを隠す必要はないので、3人とも邪悪な顔にした。
アイリーンの夕食で3人が死滅するシーンも考えたが、テンポが悪くなるので見送った。アイリーンとハドソン夫人を出すと日常系になっちゃう。
※アリスは一部でも演技できる
動画制作について
今回も素材に苦労した。「ナポレオンの胸像」が必要で、まずは Illustrator で描画するが、「破片」とのギャップがあってボツに。いろんな写真を試して、「胸像」と「破片」の組み合わせが揃う。答えがわかっていれば、無駄な作業を省けるのに。
タイムラインに落とし込まないと、どんな素材が必要かわからない。60本以上制作しても改善しないから、映像制作には、こうした試行錯誤が避けられないのかもしれない。
推理シーンの演出
ミステリーにおける情報量はいつも悩む。動画視聴中はあまり脳が働かないから、あれこれ盛り込んでも意味はない。しかし今回は「たくさんの情報を瞬時に解析するところ」を表現したいので、「ついていけないが、すごそう」と思える分量を目指した。
※あえて情報量を多くする
※聞き取れる限界の速さ
今回の推理シーンは、当初、時間停止のイメージだった。画面が赤くなると周囲が静止して、ホームズだけ思考する。ストップウォッチの音は、十六夜咲夜、暁美ほむら、ディオの時間停止イメージから来ている。ちなみにストップウォッチの開始と終了は、カメラのシャッター開閉音である。「暁美ほむらの盾が作動する音」を探したが、見つけられなかった。
しかし時間を静止させず、会話を聞きながら推理するほうがおもしろかった。これは小説やアニメじゃ表現しにくい、【ゆっくり文庫】ならではの表現だと思う。
ホームズは推理しながら人の話を聞けるのに、レストレードの推理はまったく無視した。ひどい男だ。
※ホームズは話を聞いているので、「ダクレホテル」の名前がはまる
雑記
今回は珍しい切り口の翻案になった。原作を知ってる人が楽しめれば幸いだし、原作を知らない人が、より楽しく原作を読めればなお幸いだ。「原作とちがう」「台無しだ」と思う人は、グラナダTV版を見てください。【ゆっくり文庫】は二次創作だけど、これまでなかったものを作りたい。
ちょいとマフィンについて語ろう。
マフィンはストリート・チルドレンだったが、「四つの署名」でホームズに才能を見出され、ハドソン夫人に教育され、モリアーティ教授の組織に潜入する。ところがモリアーティ教授にも評価され、殉職したトバイアス=グレグスンの隠し子という設定でスコットランド・ヤードに送り込まれる。いまは地位も財産もある、身元確かな紳士である。
※マフィンは英国政府に潜り込んでいく
ホームズ亡きあとはマイクロフトに協力して、犯罪コンサルタントの残党を一掃(自分を知る人間の口封じ&英国と秩序への忠誠心を証明)。ヒーロー不在のロンドンで数々の難事件を解決したことで、警部に昇進(コネ出世でないことを示す)。ホームズの復帰は予想より早かったが、十分な実績があり、モラン大佐も沈黙したので、市井の犯罪捜査から手を引いて政府(マイクロフト)のために働いている。
これは本来、マイクロフトがシャーロックに期待していた役割だった。
マイクロフトは、自分のような能力者がいなくても、英国に必要な情報戦略を担う組織を作ろうとしていた。彼は世界大戦(1914-1918)と、諜報の重要性を予見していたのである。これまで複数の官庁が個別にやっていた情報収集活動を、陸軍省情報部のもとで一元化。1909年、シークレット・サービス・ビューローを創設した。のちの英国秘密情報部(MI6)である。
グレグスンは警察から幹部として参加、さらなる実績を積む。マイクロフトは一抹の疑惑があるため、アイリーンにグレグスンを調査させている。
そして...
とまぁ、妄想設定はたくさんあるが、どこまで映像化できるのやら。
生きてるうちに「最後の挨拶」まで作れるんだろうか。