【ゆっくり文庫】アシモフ「いんちき博士」黒後家蜘蛛の会より Ph as in Phony (1972) by Isaac Asimov

2016年 ゆっくり文庫 アシモフ アメリカ文学 ミステリー
【ゆっくり文庫】アシモフ「いんちき博士」黒後家蜘蛛の会より
060 ドレイクの受難──

ずっと成績の悪かった男が、最終試験で最高得点を叩き出した。カンニングしたことは明らかだが、方法がわからない。中年男たちが真剣に考えた結果...。

原作について

アイザック・アシモフ

アイザック・アシモフ
(1920-1992)

 「いんちき博士」はトリックやストーリーが秀逸というわけじゃないが、《黒後家蜘蛛の会》の雰囲気を伝えるために取り上げた。ぶっちゃけ推理はどうでもよくて、中年男たちがパテで騒いだり、くだらない問題に向き合う過程を描きたかった。

タイトル

 アシモフのあとがきによると「Ph as in Phony」という題名は、「H as in Homicide」「C as in Cutthroat」にかけているそうだ。レイ・ブラッドベリの「ウは宇宙船のウ」(R is for Rocket)みたいなものか? 池央耿氏の「贋物(Phony)のPh」はうまいが、NHKラジオドラマ版の「いんちき博士」の響きがよかったので、こちらを採用した。

翻案について

 「死角」「日曜の朝早く」を投稿後、「原作を買った/読んだ」というコメントやツイートをたくさん見かけた。【ゆっくり文庫】は原作既読でも楽しめるよう工夫しているつもりだが、タネを知られた手品を披露するようで、かつてないプレッシャーとなった。
 本作はボツにしようか悩んだが、ここで退くわけにはいかないと、投稿することにした。未読、既読の双方が楽しめますように。

より重大なトリックは

 読んだ人にオチを訊ねたら「教授が不正を働いていた」と答えるだろうが、より重大なトリックは「生徒が問題を作成していた」ことにある。

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※生徒が問題を作成していた

 この点を強調すべく、「教授は脅迫され、問題と答えを出したのではないか?」と仮説を立て、「ランスは出題範囲の知識をもっていた」と否定してみた。ランスは勉強して問題を作成したわけだから、諮問されてもクリアできたはず。
 このステップによって既読者も戸惑うだろう。「教授から出題範囲を教わっていた」という推理も成り立つが、細かいことはいいだろう。
 代わりに相部屋のバロウズと秘書は割愛した。キャラクターができていたので残念だが、テンポが悪くなる。

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相部屋のバロウズ 色仕掛けや買収が効かない秘書

監視も計画の一部

 ドレイクの監視も、ランスの計画の一部とした。断定的な記述はないが、ランスはわざと監視の目から外れないようにしていたから、正鵠を射ていよう。
 するとランスは、ドレイクの性格と限界を知悉していたことになる。見下していた男に見透かされたドレイクのショックは大きいが、まぁ、心が折れるほど弱くないだろう。だがヘンリーが指摘するのは厳しかったので、仲間たちに言わせることにした。

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※ドレイクのライフはゼロよ!

なんのための不正か?

 原作のセント・ジョージ教授は不正によって私腹を肥やしただけだが、それじゃ味気ないので、研究資金のためと設定した。ちなみに「アイソトープ分離」はドレイクの研究テーマである。この研究が戦時中に可能だったのか、秘密の資金援助でどうにかなるのかは、知らない。まちがっていたらごめんなさい。

 ドレイクはセント・ジョージ教授を敬愛していたという演出を加えた。恩師の不正はショックだが、ランスに学位を与えたところで学会が揺らぐことはなく、研究が成功すれば科学が発展するのだから、悪くない取引と言える。教育者としては失格だが、研究者としてはアリだ。
 科学の歴史を紐解けば、研究者が清廉潔白でいられない現実に打ちのめされるだろう。

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※タバコは恩師のまね

 「アイソトープ分離」とは、原子番号が同じだが質量数が異なる核種(同位体)を識別する方法を確立すること。
 ドレイクはセント・ジョージ教授を完璧な研究者と見ていたが、そうではない。そうではないが、別種でもない。ドレイクは実像を知ってなおセント・ジョージ教授に敬意を払うだろう。このあたりを描くと湿っぽくなるので見送った。

動画制作について

 案の定、「パテ・ド・ラ・メゾン」のフリー素材がなかった。あれこれ試して、背景に写真を敷くことで誤魔化した。簡単に思えるだろうが、制作時間の半分がここに費やされている。

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※パテ・ド・ラ・メゾン

 「パテ・ド・ラ・メゾン」に比べれば、情報の図案化は簡単だ。細かな調整はあったけど、完成形が見えているから、ただの作業だ。歩けばたどり着けるゴールなら、歩けばいい。

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※情報の図案化

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※実際は図案化されてないところに真相があるけどね

ドレイクの癇癪

 原作のドレイクは癇癪持ちではないが、メンバーが気兼ねなく感情表現していることを表現するため、あえてルービンと同じように沸騰させた。ヘンリーがなだめる展開も同じ。繰り返すことで、いつもの雰囲気が醸成される。「日曜の朝早く」とか「ブロードウェイの子守唄」みたいな変化球は、こうした日常エピソードの次にやるべきだろうな。ゲストが置き去りにされるところは変化球だけど。

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※言いたいことを言うが、すぐ冷静になる。これ、大事。

 くだらないことをくだらないと言って騒動になるが、やるとなったら全力でやる。ゲストは戸惑うが、やがて慣れる。男子会は、かくありたい。

メンバーの描写

 原作は実在の人物をモチーフにしているせいか、描写の配分がおかしい。ホルステッド(数学教師)は出番が少なく、ドレイク(化学者)の三文小説の知識はまったく発揮されない。どのみち原作の完全再現は無理だから、ゆっくり文庫版に翻案・整理する。

 ホルステッドは滑稽五行詩(リメリック)を吟じないし、どもることもないが、感情表現を豊かにしている。ゆっくり文庫は、ほかのキャラクターがしゃべっているときの反応が見えるから、愛らしいキャラクターになった。ルービンの隣に置いたのは正解だった。

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※不躾なルービン、苛立つドレイク、あわてるホルステッド

 トランブル(暗号専門家)が抗議して、アヴァロン(弁護士)が裁定することで、ふたりの個性がちょい描けた。原作のトランブルはもっと攻撃的だけど、うまく盛り込めない。アヴァロンは軍隊時代のことはまったく話さないので、トランブルが指摘している。アヴァロン、トランブル、ドレイクの3人は創設メンバーだから、さらに遠慮がない。
 原作のルービン(作家)は嫌味な小男だが、きめぇ丸が演じると憎めないキャラクターになる。突拍子もない推理がレストレード警部を彷彿させる。

 ステーシー博士は八雲藍。原作ではトランブルが連れてくるが、アヴァロンの後輩のような扱いにした。中年男たちの歯に衣着せぬ応酬に戸惑って、かつ出番なく終わってしまうところがモラン大佐っぽい。
 セント・ジョージ教授は、清廉潔白な先生のイメージで慧音。秘書(もこう)との組み合わせはおもしろかったが、カットしてしまった。ぐぐぐ。
 ランス・ファロンはチルノ。 私はパチュリーとチルノの組み合わせ(ぱちるの)が好きなのだ。チルノ=馬鹿(平均より劣る)と考えがちだが、ランスはドレイクより成績が悪いだけで化学の知識は十分ある(平均より優秀)。このあたり、配役のミスディレクションである。

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※学位(Ph.D.)の視覚化

楽曲

 今回こそ新しいジャズを盛り込もうと思ったが、イメージが固まって変えられなかった。別アレンジも合わない。オープニングを変えないと駄目かも。まぁ、いつもの楽曲、いつものメンバー、いつもの雰囲気というのも悪くないが。

雑記

 これまで推理の鍵になる箇所でヘンリーの目が開く演出をしてきたが、コメントで指摘する人がいるので見合わせることにした。灰皿を置いたり片付ける演出も面倒なのでやめたいが、タバコを消すとき灰皿がないのも不自然だから迷うところ。今回はのこしたが、次はどうするかなぁ。画面に多くのオブジェクトがあると混乱するから、紅茶のカップのように、すっと消したいところだ。

 「いんちき博士」は「日曜の朝早く」の次に投稿するつもりだったが、「早すぎた埋葬」でクールダウンした。ところがパチュリー主演が連続するため、「美女と野獣」と「迷子のロボット」を挟んだ。するとふたたびパチュリー主演が連続するため、「キリマンジャロの雪と「六つのナポレオン」を挟んだ。パチュリーは出番が少ないと思っていたが、そうでもなかった。

 さて、次は「会心の笑い」である。

投稿後の追記

 間違えて最終版の1つ前の動画をアップしてしまった。ちょこまかミスが残ってるし、エンドカードも実装されてない。なんてこった。エンドカードは「会心の笑い」に載せよう。
 ドレイクは82点と言ったのに、ルービンは86点と言ってドレイクを怒らせている。単純なミスだが、ルービンが人の話を聞いてない演出にも見えておもしろい。
 ルービンが「博士が脅迫されていた」可能性を指摘したのに対し、ドレイクは回答しているのだが、スルーしたように見えなくもない。これも意図せぬ演出だが、よしとするか。
 原作を読んだ人は多いはずだが、原作とのちがいを指摘するコメントは少ない。気づいて指摘しないのか、気づいてないのか? よくわからない。

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