創作  2017年05月03日(水)に書いた ゆっくり文庫

【ゆっくり文庫】グリム兄弟「ヘンゼルとグレーテル」

【ゆっくり文庫】グリム兄弟「ヘンゼルとグレーテル」

言いにくいけど大切なこと──

*** コメント待ってます ***

原作について

グリム兄弟

グリム兄弟
左)次男ヴィルヘルム
右)長男ヤーコプ

「もっとも好きなグリム童話はなに?」と問われれば、迷いなく「ヘンゼルとグレーテル」と答えるだろう。あいにく、そんな質問をされたことはないが。

【ゆっくり文庫】で取り上げたかったが、語りたいことが多すぎて苦労していた。結局、解説パートを切り離す構成で落ち着いた。本編内に含まれるウンチクも多い。ウンチクが多すぎないか、少なすぎないか、えんえん悩んでしまった。

はじめて「ヘンゼルとグレーテル」を読んだときのことは覚えていないが、この動画のように解釈したわけじゃない。知識や経験を踏まえ、こめられた意図に気づいたわけだが、これが多くの語り部やグリム兄弟の意図であると主張するつもりはない。特別編で述べたように、「本当は○×だった」にこだわるつもりはない。私は、私が感じたものを表現するだけだ。

物語の手本

動画にすると見事な「三幕構成」であることがわかる。
ヘンゼルとグレーテルは子どもで、これといった欲望や目的意識はない。ただ居心地のいい「家」にいたいが、状況(飢饉、母親、魔女)がそれを許容しない。ヘンゼルは工夫するが、問題の先送りでしかない。解決したのは、ずっと泣いてばかりのグレーテルだった。

三幕構成の見取り図
※三幕構成の見取り図

  • 第一幕:設定 (Set-up) ... 兄妹は家にいられなくなる。
    • Plot Point ... ヘンゼルは家に帰れる工夫をこらすが、ついに失敗する。(まちがった方法1)
  • 第二幕:対立 (Confrontation) ... 兄妹は森を彷徨い、お菓子の家を見つけ、安住しようとする。
    • Mid Point ... お婆さんの正体が魔女と判明し、絶体絶命の危機に陥る。
    • Plot Point ... ヘンゼルは骨で自分の太り具合をごまかすが、いずれ破綻する。(まちがった方法2)
  • 第三幕:解決 (Resolution) ... グレーテルが魔女を殺す。兄妹は成長し、問題が消える。

やっぱりおもしろいわ。
こうした物語に幼少期から馴染んでおくと、映画やドラマをちゃんと楽しむセンスが身につくと思うよ。

翻案と動画制作

ウンチクを交え、いかにも原著のまま映像化されているように見えるが、けっこう翻案されている。兄妹が森に捨てられるシーンや、お菓子の家でお婆さんと遭遇するシーンはだいぶ簡略化された。ヘンゼルが閉じ込められる犬小屋は再現できなかったため、地下室になった。魔女は鞭をふるうことでストレスを高めた。魔女殺害シーンをグレーテルの回想にすることで、ヘンゼル視点を維持させた。
今回は映像表現にも凝っている。まぁ、世の中には凝りに凝りまくった動画がたくさんあるから、私が自分の工夫を紹介することにさしたる意義もないが、私自身のために記録しておこう。

キャスティング

魔理沙の出番が減っていたので、ヘンゼル(魔理沙)とグレーテル(アリス)にするつもりだった。しかしアリスが魔女を焼き殺すのは極悪のイメージが払拭できず、また『グスコーブドリの伝記』からの連想から、ヘンゼル(霊夢)とグレーテル(妖夢)となった。
魔女は早苗が抜擢されていたが、「白雪姫」の女王役が決まったこと、および「PAYDAY2」のマスクを活用するアイデアから母親=魔女=アリスとなった。父親は当然のように霖之助。「恩讐の彼方に」を彷彿させる。

ウンチクを交えながら

スライド形式の情報表示はここが発端。のちに「グリム童話を語ろう」と「選択について」に転用された。脚本の初稿では、すべての情報を読み上げていたが、テンポが悪いので大幅にカット。「気になる方は一時停止でどうぞ」スタイルになった。いろいろ書いてあるけど、大した文章じゃない。興味がある方は、各自で調べてください。
このスライド形式は物語の区切りにちょうどいい。今後も使えそうだ。

「木こりの家」と「お菓子の家」が対になっていることや、「兄妹の成長がテーマである」といったことは触れてない。なにも述べないと気づいてもらえないが、すべて述べると品がない。その匙加減が難しい。

「子ども」という概念

ニコニコ動画の視聴者は「魔女を焼き殺すのは残酷!」なんて言わないだろうが、「子どもを捨てるなんてケシカラン!」と憤慨するかもしれない。しかし動画内で述べたように、中世は多産多死型の社会で、子どもの死をいちいち悲しむ親は、正気を保てなかっただろう。その過酷さは、現代人には想像できないかもしれない。いずれにせよ、飢えたことがないものに非難する資格はない。
親が子の犠牲になるなんて、ありえない。ゆえに『グスコーブドリの伝記』でブドリが生かされたことが、大きな意味をもつ。

余談だが、中世だと捨てられた子どもはすぐ死んだが、都市化が進むと子どもだけで生きることが可能となり、ストリート・チルドレンが社会問題となる。やがて「子ども」という概念が生じると、子どものための服や食事、教育が確立される。近世まで学校がなかったのは、学校を建てる技術や資材がなかったからではなく、すぐ死んでしまう子どもを教育する意義が認められていなかったからだ。
ドイツ民族の統一を願うグリム兄弟にとって、「子どもを大切にしない民話」は不都合だった。ゆえに実母を継母に変えたのだろう。

グリム兄弟の脚色

「川を渡る」シーンは、べつの伝承にあった記述を転用したものらしい。これにより魔女の森が意味的に遠くなり、グレーテルの成長が明瞭になった。私のメンタリティでは素晴らしい脚色だと思うが、偏狭なフェミニストは「ジェンダーの押しつけ」と解釈するかもしれない。ディズニー映画における女性の位置づけが変化したように、いずれこのシーンは改変されるかもしれない。

解決すべき問題

この物語で真に解決すべき問題は、飢饉でも母親でも魔女でもなく、ヘンゼルとグレーテルが食べるだけで役に立たない子どもだってこと。苦難を経て成長した兄妹は、新天地を目指したりせず、ふたたび家に帰るが、ふたたび追い出されることはないだろう。持ち帰ったお宝のおかげもあるが、兄妹は大人になり、お父さんを助ける存在となったから、問題は問題でなくなったのである。
このテーマを絵的に表現するため、ヘンゼルとグレーテルの大きさと位置を変えている。わずかな変化だが、ラストシーンは明確にわかるだろう。

ヘンゼルとグレーテル
※序盤の兄妹は小さく、低く、近い → 子ども

ヘンゼルとグレーテル
※ラストは大きく、高く、一定の距離が空く → 大人

ヘンゼルとグレーテル
※ヘンゼルは賢いが、問題を見誤っている

ヘンゼルとグレーテル
※成長すると兄妹の距離感も変わる

ロケ地の造成

「お菓子の家」の素材が見つからなかったので、Minecraftでロケ地を造成した。最初に作りはじめたのはいつだったか。少しずつ建築して、アップデートを反映して、動画制作でアイデアを思いつくと修正して。その日々がついに報われる。いやはや。
当たり前だが、Survivalモードで作っているわけじゃなく、Criativeモードと、McEditというツールを使っている。背の高い木で森を作ったのは、我ながらいい仕事だと思う。
私はMinecraftアカウントを2つもっているので、撮影は嫁に協力してもらった。とりわけ暖炉に火をつけて撮影し、すぐ消火するときは緊張した。嫁が発病するまえのことだ。

グリム兄弟「ヘンゼルとグレーテル」
※Minecraftで作業中の私と嫁

グリム兄弟「ヘンゼルとグレーテル」
※ロケ地は相互に近い

McEditの編集画面。手前の白い柱の上からショットを撮っている。
※McEditの編集画面。手前の白い柱の上からショットを撮っている。

同じ場所を時間帯や気象条件を変えて撮影できる
※同じ場所を時間帯や気象条件を変えて撮影できる

魔女の正体

お母さんと魔女は対を成している。どちらも二面性があり、居心地がいい環境における毒だ。なので「魔女」=「お母さん」という翻案も、チラホラある。なるほどラストでお母さんが不在になった理由を説明できるが、「飢饉で困窮したこと」や「ヘンゼルを食べようとしたこと」と矛盾するため、ぶっちゃけ、ありえない。しかし魔女=アリスの絵的なおもしろさに負けてしまった。いや、マスクを被っているから魔女=お母さんとはかぎらない。魔女は正体不明だよ。いいね?

木こりの家と同じ構造になっている
※木こりの家と魔女の家は同じ間取り

個人的に、お母さんがいなくなった理由はすっごく気になる。原著(第7版)には「死んだ」(die Frau aber war gestorben.)としか書いていない。「病気で死んだ」ならいいけど、「夫婦で食事を奪い合って、弱いほうが死んだ」、あるいは「お父さんがお母さんを食べた」と考えると怖くなる。ヘンゼルとグレーテルが家に残っていたら、この世の地獄を見たかもしれない。

PAYDAY2マスクの活用

PAYDAY2のマスクを使って、「やさしいお婆さん」と「人喰い魔女」の二面性を表現することにした。ちなみに私は2017年4月時点で2,900時間もこのゲームで遊んでいる。
すでに『美女と野獣』で野獣マスクが使われているが、もともとはホームズの『犯人は2人』で考案されたものだった。制作順と公開順がどんどん食い違っていく。

【ゆっくり文庫】グリム兄弟「ヘンゼルとグレーテル」
※魔女のマスク。PAYDAY2のマスク2種を流用。

【ゆっくり文庫】グリム兄弟「ヘンゼルとグレーテル」
※PAYDAY2のマスクをベクトルマスクで切り抜いて、キャラクターにかぶている

【ゆっくり文庫】グリム兄弟「ヘンゼルとグレーテル」
※グレーテルのマスク。Sydneyというキャラクターのマスク。

【ゆっくり文庫】グリム兄弟「ヘンゼルとグレーテル」
※殺意のグレーテルは「Mega Sydney」マスク。

【ゆっくり文庫】グリム兄弟「ヘンゼルとグレーテル」
※PAYDAY2を知ってる人は「Kawaii」を推すだろうけど、意外とあわない。

マスクこそ本性

グレーテルは悪いことをするとき、マスクをかぶる。「本当の自分じゃない」と訴えるように。だとすれば魔女だって、本当は悪人じゃないかもしれない。魔女は最後まで顔を見せない。ひょっとしたらグレーテルは、魔女の正体を知っていて、その上で殺したのかもしれない。なぁんて妄想すると楽しくなる。

原著では、魔女を焼き殺したグレーテルに対してヘンゼルは無反応だ。「魔女は殺して当然」「殺らなければ殺られる」という中世のリアリティを感じる。【ゆっくり文庫】では、ちょっと間を置くことで「ヘンゼルはグレーテルを責めなかった」というニュアンスを加えた。おかげでグレーテルはマスクを外すことができた。もしヘンゼルが責めていたら、運命は大きく変わっていただろうな。

【ゆっくり文庫】グリム兄弟「ヘンゼルとグレーテル」
※ヘンゼルはグレーテルのしたことを受け入れる

魔女をかまどに落とす

グレーテルが魔女を焼き殺すシーンは、残酷だと批判されやすい。しかしもしグレーテルがためらっていたら、ヘンゼルもグレーテルも殺され、食べられてしまっただろう。残酷だと批判する人は、自分の子供が誘拐されたときに同じことが言えるか、考えてほしい。圧倒的弱者である子どもが立ち向かうのに、残酷かどうかなんて選んでられないよ。

このシーン、【ゆっくり文庫】スタイルならいくらも省略できるが、クライマックスなのでちゃんと表現した。Minecraftで撮ったショットを切り抜いて、キャラクターの前に配置すれば、キャラクターがかまどに落ちて、扉を閉められたように見える。これも『犯人は2人』で培った技法である。

【ゆっくり文庫】グリム兄弟「ヘンゼルとグレーテル」
※グレーテルが魔女をかまどに落とす。キャラクターの前に画像を置くことで奥行きを再現している

と、思いつくのは簡単だが、制作は面倒だった。Minecraftでかまどを造成し、ショットを撮って、加工して、ゆっくりMovieMakerに配置して、気に入らなかったらやり直し。最終カットのかまどは3つ目だった。

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※かまど1号:魔女を落とせなかった。

【ゆっくり文庫】グリム兄弟「ヘンゼルとグレーテル」
※かまど2号:角度が悪かった

白い鴨ちゃん

兄妹の行く手をさえぎる川は、仏教で言うところの「三途川」である。つまり兄妹は彼岸から此岸にわたったわけで、三途川の渡守と言えば、小野塚小町であろう。しかし「白い鴨」に見えなかったため、かぶりものをしてもらった。『雪おんな』とつづいて今回も顔が伏せられてしまった。

【ゆっくり文庫】グリム兄弟「ヘンゼルとグレーテル」
※ヘンゼルとグレーテルは三途川を逆方向に渡る。

お宝ザクザク

ヘンゼルがエプロンからお宝を取り出すシーンは、当初は音だけだったが、最後にジャガイモを見せたかったのでMinecraftのアイテムで表現することにした。個数が多いので別動画を出力し、これを背景に配置した。【ゆっくり文庫】は動画素材をめったに使わないので、不安も多かったが、なんとかなった。

【ゆっくり文庫】グリム兄弟「ヘンゼルとグレーテル」
※キャラクターの後ろに見えてるのはすべて動画。

【ゆっくり文庫】グリム兄弟「ヘンゼルとグレーテル」
※ジャガイモ畑ができている

最後の最後、木こりの家の向こうに見える夜空に、流れ星がシュッと落ちたらいいなと思ったが、映像表現する方法を思いつかなかった。無念。

雑記

「ヘンゼルとグレーテル」の背景もずっとまえから作っていた。そこに嫁の入院や手術があって、さらに時間がかかった。ほんとに大変だった。

飛び飛びの時間で効率よく作業するノウハウを確立しないと。

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