【ゆっくり文庫】小泉八雲「貉」「私の守護天使」 Mujina, My Gardian Angel (1904, 1906) by Lafcadio Hearn

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【ゆっくり文庫】小泉八雲「貉」「私の守護天使」
072 だいたいムジナのせい──

(貉)ある商人が暗い紀伊国坂を歩いていると、すすり泣く女中に出くわした。商人が声をかけると...(私の守護天使)少年時代のラフカディオ・ハーンは、年上の女性ジェーンを慕っていたが、ある日、神様の議論で衝突してしまう。

原作について

小泉八雲

小泉八雲
(1850-1904)

 「のっぺらぼう」は、「雪女」や「ろくろ首」に並ぶポピュラーな日本妖怪である。「人間と思って近づくが、振り返ったら顔がない」という場面をイメージするだろうが、そのように整えられたのは近代(明治)に入ってからだ。

 小泉八雲が「のっぺらぼう」を発明したわけではない。顔のない妖怪は古くから、世界各地にあった。人間態の「のっぺらぼう」も、源氏物語の「女鬼」や、江戸後期の「お歯黒べったり」といった先例がある。そして筋立ては「百物語」の講談話を借りている。八雲はすでに在ったものを組み合わせ、尊重し、そこに自分のオリジナリティを加えただけだ。だのに八雲バージョンがスタンダードになってしまったのは、奇妙というか、すごいというか。二次創作、ばんざい♪

 ハーン・マニアが『貉』について語ると、『私の守護天使』との類似は避けられない。しかし『私の守護天使』は八雲の死後に発表された自伝的エッセイである。まるっきり創作かもしれないし、『貉』よりあとに書かれた可能性もある。本当のことはわからないが、ま、起源にこだわる意味はないだろう。

町田宗七編『百物語』

小泉八雲の『貉』の種本となった『百物語』(扶桑堂/町田宗七編/明治27年(1964)刊行)の第33席を、参考のため記載する。増子和男氏による『のっぺらぼう考--中國古典文學の視點から』から引用した。話者である御山苔松は、「おやまのたいしょう」のもじりで、実名でないと思われる。

第三十三席 [話:御山苔松]

拙者の宅に年久しく仕へまする佐太郎といふ實直な老僕が御坐りますが、この男が若い時に遭遇した話しださうで御坐いますが、或日のこと赤坂から四谷へ參る急用が出來ましたが、生憎雨は降ますし殊に夜中の事で御坐いますからゾットいたしません次第で御坐いますが、急用ゆゑ致方なくスタスタとやッて參り紀の國坂の中程へ差掛ッた頃には雨は車軸を流すが如くに降てまゐり風さへ俄に加はりまして物凄きこと言はむ方も御坐りませんからなんでも早く指す方へまゐらうと飛ぶが如くに駈出しますと、ポント何やら蹴附(けつけ)たものがありますから、ハット思ッて提燈を差し附て見ると、コハ如何(いかに)高島田にフサフサと金紗をかけた形姿(みなり)も賤しからざる一人の女が俯向(うつむけ)に屈んで居りますから、驚きながらも貴女どうなさいましたト聞(きく)と俯向(うつむい)たまゝ持病の癪(しやく)が起こりましてといふからヲゝ夫(それ)ハ嘸(さぞ)かしお困り、ムゝ幸ひ持合せの薄荷(はつか)がありますから差上ませう、サゝお手をお出しなさいと言ふと、ハイ誠に御親切樣にありがたう御坐いますと禮を述べながら、ぬッと上た顏を見ると顏の長さが二尺もあらうといふ化物、アッと言て逃出したのなんのと夢中にになッて三四町もまゐると、向ふの方から蕎麥うわウイーチンリンリンと一人の夜鷹蕎麥屋がまゐりましたから、ヤレ嬉しやと駈寄て、そゝ蕎菱屋さん助けてくれト申しますと蕎菱屋も驚きまして、貴郎(あなた)トど如何(どう)なさいました。イヤもうどうのかうのと言て話しにはならない化物に此先で遭ひました。イヤ夫(それ)はそれはシテどんな化物で御坐いました。イヤモどんなと言つて眞似も出來ませんドゝどうかミ、水を一杯下さいト言ふとお易い御用と茶碗へ水を汲でくれながら、モシその化物の顏ハこんなでハ御坐いませんかト言ッた蕎菱屋の顏がまた貳尺、今度はあッと言た儘氣を失ッてしまひまして、時過て通りかゝッた人に助けてもらひましたが、後に聞ますると、それハ御堀に栖(す)む獺(かわうそ)の所業だらうといふ評判で御座いましたが、この説話(はなし)は決して獺(うそ)の皮ではないさうで御坐います。

置行堀(おいてけ堀)

『本所七不思議之内 置行堀』三代目 歌川国輝・画
※『本所七不思議之内 置行堀』

 「のっぺらぼう」=「おいてけ堀」と連想する人も多いかもしれない。『置行堀』は本所七不思議の1つ。落語などで多用されたため、知名度が高い。置き去りを意味する「置いてけぼり」の語源になった小咄である。

 ある男が置行堀で釣りをしたところ、「置いてけ」という声に驚かされる。無視して逃げたところ、「魚が消えた / 水の中に引きずり込まれた / 金縛りにあった」といったオチとなる。怪異の正体は河童かタヌキが多い。
 右にある絵は、歌川国輝(三代目)によって明治時代に描かれたものだが、釣り人を驚かせているのは幽霊だ

 『百物語』で御山苔松が語った小咄は、「大きな顔で驚かされた」と「再度の怪」、「カワウソの洒落」を組み合わせている。
 小泉八雲が「のっぺらぼう」に変えたところ、受けがよかったらしく、『置行堀』のオチの主流となった。

 民話がアップデートされている。

まんが日本昔ばなし「おいてけ堀」

 まんが日本昔ばなしでは二度、アニメ化されている。76年版(1)は本書七不思議そのままだが、91年版(2)は「不まじめな男を懲らしめるため、友達や女房が白粉を顔に塗って驚かせたが、ひとりだけ本物の妖怪が混じっていた」と翻案されている。娘の顔がお面だったこと、お面を取ってなにもなくなった顔が映されないなど、演出もいい。

まんが日本昔ばなし「おいてけ堀」
※まんが日本昔ばなし「おいてけ堀」

 これはこれで好きなんだけど、とどのつまり「禁を破った罰」でしかない。親切心が虚無に吸い込まれるような『貉』とは、趣が異なる

モノノ怪「のっぺらぼう」(2007年)

 『モノノ怪』は、『怪 ayakashi』の「化猫」の続編として制作されたアニメ作品。時空を渡り歩く薬売りが、さまざまな怪異を解決していく。第6-7話のテーマは「のっぺらぼう」で、自分を隠して生きる女の本性を、のっぺらぼうとたとえるのはおもしろいが、前衛的な演出が多く、ストーリーは難解。というか、破綻している。

モノノ怪「のっぺらぼう」
※モノノ怪「のっぺらぼう」 - 難解なエピソードだった

妖怪奇談「のっぺらぼう NOPPERA」(2007年)

 同じく2007年の実写映画。アイドルが出演するホラーオムニバスはゴミばかりだが、例外的に面白かった。
 他者とうまく関われない少女たちが、その内面の歪みに応じて姿形が変化していく。人間にとどまりたいが、アイデンティティを捨てきれないという切り口が切なく、怖い。

妖怪奇談「のっぺらぼう NOPPERA」
※妖怪奇談「のっぺらぼう NOPPERA」 - 外見が内面と等しくなる

100分de名著 小泉八雲「日本の面影」 (2015年)

 『私の守護天使』は100分de名著において、八雲の幼少期のお化け体験として紹介された。短い時間にまとめるため、ジェーンがいっしょに住んでいたことになっている。また八雲がのっぺらぼうと本物を区別できなくなったこと、遺された書籍で救われたことが省かれた。これしか見てないと、本作の魅力はわからないだろう。
 細かいことだが、「カズン・ジェーン」と紹介されたため、ジェーンが苗字になっている。

100分de名著 小泉八雲「日本の面影」
※100分de名著 小泉八雲「日本の面影」 - ざっくり紹介

動画制作と翻案について - 貉

 『貉』の原著を読んでなくとも、みんな、おおよそのスジは知ってるだろう。なので動画化するまでもないと思ったが、ふと、紅魔館メンバーを配役したらおもしろくなった。
 東方ファンなら、主人(レミリア)がメイド(咲夜)と門番(美鈴)にからかわれ、友人(パチュリー)と妹(フラン)が笑われる構図を楽しんでもらえるだろう。まぁ、東方Projectを知らない人も、予測可能だが回避不可能な怪談として楽しんでもらいたい。そして東方Projectも、『貉』も、『置行堀』も知らない人には、素敵な初体験になってくれることを願う。

紅魔館メンバーだから恐怖が緩和された
※紅魔館メンバーだから恐怖が緩和された

導入部

原文表示

 『和解』と同じく、英語原文を表記することで、本作が英語の文学作品であることを印象づけている。必ずしも原文の日本語訳ではない。『和解』以上に意訳されており、原文と比較すれば、視覚化された部分や繰り返しが省略されていることがわかるだろう。また何箇所かセンテンスを入れ替えている。「英語を学ぶ」「原文に忠実である」ことが目的ではないからだ。
 なお、英文の読み上げには、Text To Speechというサイトを利用した。本作は八雲が語っているため、男性の声にしている。

地理の説明

 八雲は、紀伊国坂の由来を知らないと書いているが、八雲やセツが知らなかったとは思えない。とはいえ、英語圏の読者に説明しても意味はないから、「知らない」とぼかすことで興味をそそる工夫であろう
 なので「紀州藩の屋敷があるから」と説明するのは無粋だが、どうせコメントで指摘されるだろうから、画面上に記載しておいた。

 原文は紀伊国坂の地理を細かく説明しているが、あまり意味がないので省いた。散歩好きな八雲はセツを連れ、紀伊国坂を歩いたかもしれない。私も何度かウォーキングで訪れている。物語を知っていると感慨深い。

 『Kwaidan』が発表されたのは明治37年(1904)。八雲は主人公を「年老いた商人で、30年ほど前に亡くなっている」と説明しているから、事件があったのは4-50年前の江戸末期になる。そのころは皇居(imperial palace)ではなく江戸城だった。古地図を見ると、江戸城は現在よりずっと広かった。

注釈

 本文中に「のっぺらぼう」という言葉は出てこないが、じつは注釈に書いてある。「Mujina」の注釈は下記のとおり。英語圏の人向けの注釈だが、日本人が読んでも興味深い。

  • ... (1) A kind of badger. Certain animals were thought to be able to transform themselves and cause mischief for humans.
  • お女中 ... [1] O-jochu ("honorable damsel"), a polite form of address used in speaking to a young lady whom one does not know.
  • 顔のない妖怪 ... (2) An apparition with a smooth, totally featureless face, called a "nopperabo," is a stock part of the Japanese pantheon of ghosts and demons.
  • 蕎麦 ... [2] Soba is a preparation of buckwheat, somewhat resembling vermicelli.
  • これこれ ... (3) An exclamation of annoyed alarm.
  • へぇ ... (4) Well!

 『ヘンゼルとグレーテル』のように動画内に説明を盛り込むつもりだったが、テンポが悪くなったため、分離させた。貉やのっぺらぼうの由来は、ストーリーに関係ない。

序 - 女に声をかける

 動画では2回、水がはねる音がする。「堀が近い」という雰囲気だけでなく、「貉が出た/去った」ことを示している。

Witchに近づくな

 商人が泣いている女中に声をかける。女の泣き声はゆっくりボイスに「しくしく、しくしく」と発音させていたが、ゲーム『Left 4 Dead 2 / L4D2』(2009)の、Witchの声を使ってみた。
 『L4D2』を知らない人のため説明しておくと、Witchはめそめそした泣き声が特徴の特殊感染者。刺激しないかぎり無害だが、いったん興奮させると凶暴化して襲ってくる。速くて強いため、狙われたプレイヤーはまず助からない。ゲームを知ってる人は、泣き声を聞いただけでライトを消して、息を潜める。なにも知らずに近づく馬鹿初心者がいたら、彼の初体験を黙って見守る。
 「泣いている女に声をかけると、ひどい目に遭う」というパターンは海外でも通じるようだ。

『L4D2』に登場するWitch
※『L4D2』に登場するWitch

狭まる距離、高まる危険

 商人は泣きつづける女に困り果て、懇願するように話しかける。女はひとことも返さない。種本となった『百物語』では、女がしゃべって男を引き寄せるため、だいぶ印象が異なる。
 【ゆっくり文庫】の初期配置は遠すぎるため、3段階かけて両者が近づいていく。背景も変える。読むときは冗長なシーンも、映像をつけると緊張感が高まる。

小泉八雲「貉」
※少しずつ近づく

 【ゆっくり文庫】で作ったり、加工した後ろ姿素材を下記に公開した。必要ある方は使ってください。

破 - のっぺらぼう出現

 女が振り向くシーンが本作の見せ場であるが、字の文があるため、見た瞬間に絶叫をあげることはできない。しかし『私の守護天使』の表現を借りれば、「あまりの恐ろしさに、叫び声をあげることもできなかった」のである。

小泉八雲「貉」
※のっぺらぼうは襲ってこない。笑いもしない。

 商人が女から逃げ出して、紀伊国坂を駆け上るシーンは、いろいろ試作品を作ったが、結局、シンプルなものとなった。
 江戸末期から明治初期、日本を訪れた西洋人は口をそろえて、「夜が暗い」と述べている。19世紀の西洋人でさえ、街灯がない夜の暗さを忘れていたわけだ。

小泉八雲「貉」
※真っ暗を経験しなくなったね

急 - 再度の怪

 ほうほうの体で、商人は夜鷹蕎麦に駆け込む。背景が現代風であり、提灯の明かりが明滅するのは、油断させるための仕掛け。マイペースな美鈴に癒やされる。
 夜鷹蕎麦の説明は走るシーンに表示されるが、たぶん、読んでられないだろう。「こんな時間、こんな場所に蕎麦屋がいるのは不自然!」と思う人がいるかもしれないが、そうではない。
 当時の蕎麦屋は「きゅっきゅっ」と皿を磨いたりしないだろうが、これは顔を拭くための伏線だから、突っ込まないでほしい。

小泉八雲「貉」
※夜鷹蕎麦 - 江戸庶民の小腹を満たしていた

 商人は蕎麦屋に、なにを見たか説明しない。八雲は原拠より引っ張っているが、蕎麦屋を怖がらせたくないと商人が気遣っているように見える。だのに蕎麦屋(貉)は正体を見せて驚かせる。「これかな?」と言ってることから、口があったと思われる。

小泉八雲「貉」
※貉は2匹いたようだ

二重の闇

 原拠では、男は気絶し、翌朝、通りかかった人に起こされて終わる。比べて『貉』のラストは救いがない。この闇は「なにも見えない」というだけでなく、「なにを信じていいかわからない」という孤立を暗示している。果たして商人は、これからも親切な人でいられるだろうか?
 いや、大丈夫か。「だいたいムジナのせい」で流せるところが、次に述べる西洋とのちがいである。

小泉八雲「貉」
※商人、あわれ

動画制作と翻案について - うんちく

 本編に盛り込めなかった予備知識を、『貉』と『私の守護天使』のブリッジにする。試験的に語り部(キツネ面の霊夢)を登場させなかった。顔があると、顔を見ちゃうんだよね。

小泉八雲「貉」
※「顔のない妖怪=のっぺらぼう」が定着すると、「肉塊の妖怪=ぬっぺふほふ」と区別されるようになった。

 「顔がない妖怪」の起源はハッキリしない。中国の影響は確実に受けているが、その多くは肉塊だった。日本神話のヒルコ(水蛭子、蛭子神、蛭子命)も、広義ののっぺらぼうに含まれるかもしれない。
 繰り返しになるが、人間態ののっぺらぼうもいた。というか、人間に化ける妖怪はたくさんいる。小泉八雲がのっぺらぼうを発明したわけじゃない。

漫画『寄生獣』(1988-1995)の口だけ女
※漫画『寄生獣』(1988-1995)の口だけ女

アニメ『妖怪ウォッチ』(2013-)の口だけ女
※アニメ『妖怪ウォッチ』(2013-)の口だけ女

動画制作と翻案について - 私の守護天使

 「私の守護天使」のタイトルを表示して、次のエピソードに入ったことを示す。アバンがないため、「貉」のタイトルはなかったが、ま、いいっしょ。
 霊夢は少年と大人を演じ分けられるが、霖之助は難しかった。そこで幼少期バージョンのグラフィックを用意した。顔を小さくして、やや下にずらす。髪をはねさせ、アホ毛を搭載。一番苦労したのはメガネを外すこと。霖之助のメガネは「目」の素材の一部だから、150枚のファイルを修正した。大半は Photoshopのバッチ処理で足りたが、メガネのふちと目の輪郭が触れている画像は手で修正した。後ろ姿も必要だったので、[nc143964] 【改変】きつねゆっくりこーりんさん【後ろ姿】を改造した。

小泉八雲「貉」
※幼少期の小泉八雲(こーりん少年Ver.)

 要望があったので、「ちびこーりん」の素材を下記に公開した。必要ある方は使ってください。

起 - ジェーンへの思慕

 おさらい。八雲(パトリック)は2歳でアイルランドに連れてこられるが、4歳のとき母親が勝手に帰国。6歳で離婚が成立すると、父親はべつの女性と再婚してインドへ。以降、八雲は両親とあうことなく生涯を終える。祖母の妹であるサラ・ブレナンは、資産家の未亡人だったため、八雲を跡継ぎにしようとする。13歳で神学校に入れられ、15歳で左目を傷つける。16歳で大叔母が破産。19歳で移民船に乗ってアメリカに渡った。
 原著には「6歳くらい」と書いてあるが、最近の研究では8歳あたりの出来事らしい。

小泉八雲「私の守護天使」
※サラ・ブレナン(アリス)の出番もあったが、簡潔にするためカットされた。

小泉八雲「貉」
※八雲の部屋。聖母子像が落ちて、消えてしまう。

 ジェーンの素性はわからない。若くて、美しく、裕福だが、地味な黒い服をまとい、「悲しみ」を秘めている。夏は修道院で暮らすが、秋から春にかけてはサラ・ブレナンの屋敷に逗留する。なにか悲劇があったのか? なぜすぐ尼僧にならないのか? 幼い八雲は知らされなかったか、聞いても理解できなかったようだ。
 ジェーンの描写は複雑だ。めったに笑わないが、八雲には親切で、ときおり近寄りがたい。とても表現できないから、ふつうに笑顔を見せることにした。

小泉八雲「私の守護天使」
※キャスティングはもちろん幽々子様。「姉さんじゃない」というヤツは地獄で焼かれるだろう。

承 - ジェーンとの決裂

 ジェーンはとつぜん説教し、とつぜん怒って、なじって、泣いて、去っていく。八雲の視点では、さっぱりわからない。ただジェーンが泣いたことから、自分の怒りを悔やんでいたように見える。なにかべつに思うところがあって、こんなことを口走ってしまったようだ。
 ちなみに原著の叫びは、もっと長くて、強い。

小泉八雲「私の守護天使」
※「それなら、坊やを地獄に落とし、永遠の業火で生きたまま焼いてあげよう! 想像してごらん! ずっと、焼かれ、焼かれ続けるの! 叫びながら、燃えて! 燃えながら、叫ぶのよ! 火炎地獄から、抜け出せはしないわ! ランプの灯で、指を火傷したことがあったでしょう? 身体中が焼けるのを思い浮かべてごらん。ずっと、ずっと、焼かれ続けるんだわ! 永久によ、永久に!」
"and send you down to Hell to burn alive in fire for ever and ever!... Think of it!--always burning, burning, burning!--screaming and burning! screaming and burning!--never to be saved from that pain of fire!... You remember when you burned your finger at the lamp?--Think of your whole body burning,--always, always, always burning!--for ever and ever!"

小泉八雲「私の守護天使」
※去り際、ジェーンは八雲にキスするが、視覚化すると緊張感が損なわれるためカット。

 八雲はジェーンを憎むようになるが、表面的には素知らぬ顔で過ごす。大叔母の屋敷では、「思ったことを口にしない」が掟であった。だからジェーンが感情を爆発させたことが、裏切りに見えたのかもしれない。
 内面と外皮は、ますます食い違っていく。

転 - ジェーンを喪失する

 ジェーンは4階の部屋に逗留していた。4階は八雲にとって特別な意味があったようだが、よくわからないので言及せず、八雲は玄関からジェーンの影を追いはじめる。
 ゆっくりMovieMakerで使ってなかった浮遊オプションによって、不気味な動きを表現できた。伊藤潤二の『首吊り気球』のようだ。不自然さを強調するため、八雲の足音だけ聞こえるようにする。『貉』と同じく、読者は危険を予測するが、登場人物は引き寄せられていく。

 そして「のっぺらぼう」出現。日本語訳は「のっぺらぼう」とあるが、原文は「Cousin Jane that had no face」だけ。八雲が『貉』を書く前の出来事だから、「のっぺらぼう」の呼称は使わなかった。八雲は怖くて叫ぶことも逃げることもできなかったから、しばし立ち尽くす。
 消える描写には、[sm17925979] 粒子化 というプラグインを使ってみた。設定をメモしておくと、[アニメーション効果]→[粒子化-円形@粒子化]で[細かさ] 50、[拡散] 200、[反転] 0、[境界] 500→-500。および[フェード]で[アウト] 0.50である。

小泉八雲「私の守護天使」
※粒子化して消える

疑惑

 『100分de名著』の再現アニメだと、ジェーンはすぐ死んでしまうが、原著では死別するまえに会って、買い物をしている。ここがポイント。
 ジェーンは怒鳴ったことを忘れたのか、ふつうに振る舞う。あれこれ買ってくれたところを見ると、彼女なりの罪悪感があったかもしれない。このときジェーンが、「昨年はごめんなさい」と言っていれば、八雲はジェーンを見失うことはなかっただろう
 「思ったことを口にしない」が、災いとなっている。

小泉八雲「私の守護天使」
※八雲が好きだったジェーンは存在したのか?

 「のっぺらぼうがジェーンの皮をかぶっている」のか「最初から本物のジェーンなんて存在しなかった」のか、八雲はわからなくなる。ここまで疑っておきながら、もらった玩具で遊ぶあたり、ちゃっかりしている。
 子どもなら誰しも抱く妄想だったかもしれないが、八雲は疑惑を口に出せなかったこと、ジェーンが死んでしまったことで、呪われてしまう。ジェーンの死を願ったことで、神様に祈ることもできない。八方塞がりである。

結 - 守護天使

Guardian Angel by Pietro da Cortona, 1656
※Guardian Angel
by Pietro da Cortona, 1656

 タイトルの「私の守護天使」は、どういう意味だろう? カトリック教会における守護天使は、ひとりひとりに憑いて、守り、導いてくれる天使のこと。
 顔のない妖怪(ジェーン)が、なぜ八雲の守護天使たりえるのか。

 私は、書籍(=幻想)が影響したと思う。
 ジェーンの遺産は修道院のだれかに贈られたが、たくさんの書籍が八雲に遺された。ジェーンはローマ・カトリックに帰依したが、文学の好みは神の影響を受けていなかった。
 八雲は物語を読むことで、神に支配されない世界──《幻想》があることを学び、自分が隔絶していないことに安堵した。

 八雲は《幻想》に守られ、導かれた

 その象徴が、顔のないジェーンなのだろう。
 原著はそこまで明記されていないが、物語からの影響がなかったら、『ファウスト』からの引用で締めくくるはずがない。《幻想》を教えてくれたジェーンに感謝するのではなく、ひきかえに美しい世界(キリスト教の社会)に居られなくなったとを訴えるあたり、甘えているようにも見える。あるいは、ちゃんと本を読んだよと、彼女に伝えたいのかもしれない。

小泉八雲「私の守護天使」
※「悲しいかな! 悲しいかな! あなたは壊してしまった、美しい世界を!」
"Woe! woe!--thou didst destroy it,--the beautiful world!"

おまけ

 『私の守護天使』の読後感は強烈で、そのまま終わると後味が悪いし、『貉』との関連も薄まるから、《幻想》によって子どもが救われる事例を作ってみた。
 人間、おかしなものを見ることはある。それを「ありえない」と否定することで成長するが、「ありえる」と受け入れることで安定することもあるだろう。少なくとも本作の時くんは、パトリックほど悩まないだろう。
 《幻想》と共存しても文明国になれることを、日本は証明したと思う。

小泉八雲「私の守護天使」
※おなじみ小泉一雄と時くん。勝手にキャラクター化しちゃってスミマセン(汗)。

雑記

 趣向を凝らした2本になった。気に入ってもらえるといいが、この編集後記を書いてる段階では、視聴者の反応はわからない。

 ほんとは夏までストックするつもりだった。しかし仕様が変わると厄介だから、公開してしまおう。またもや正月向きじゃないし、幽々子様の出演がつづいてしまうが、まぁ、いいっしょ。

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