【ゆっくり文庫】コナン・ドイル「銀星号事件」シャーロック・ホームズの思い出より Silver Blaze (1892) by Arthur Conan Doyle
2019年 ゆっくり文庫 イギリス文学 ホームズ ミステリー085 知覚を拡張する──
名馬・銀星号が失踪し、調教師が殺害された。レースまであと4日。現場に向かう汽車の中で、ワトソンはホームズの仮説を聞いた。
第一版:2019/10/07
第二版:2020/01/27
原作について
アーサー・コナン・ドイル
(1859-1930)
Wikipediaの項目名は「白銀号事件」。「名馬シルヴァー・ブレイズ」「シルヴァー・ブレイズ号事件」「白銀の失踪」といった訳もあるようだが、私にとっては最初に読んだときの「銀星号事件」。古い邦題だと検索のヒット率が下がるんだけど、思い出を優先したい。
「銀星号事件」はホームズの代表的なエピソードのひとつ。ドイルは競馬に詳しくないまま執筆したため、おかしな描写も多いが、「消えた名馬を探せ」というプロットは鮮烈。大々的な捜索が行われたあと、ホームズが見落とされた手がかりを拾って解決するのも痛快だ。
ホームズファン(シャーロキアンと言えない)としては、やはり動画化したい。
- 白銀号事件 - Wikipedia
- 白銀号事件 / コンプリート・シャーロック・ホームズ
- 白銀の失踪 / 青空文庫
- The Memoirs of Sherlock Holmes/Silver Blaze (原文:英語)
「想像力」を描く
ホームズの推理は演繹型。たくさんの仮説を出して、合理的なものを調査し、立証していく。「銀星号事件」でホームズはどんな仮設を立てたか考えていたら、おもしろくなってきた。
ふと、「想像力」がキーになっていると気づく。想像力の定義はさまざまだが、「五感によらない知覚」と言える。想像力を駆使すれば、目をつむっていても情景が視える。過去や未来、丘の向こう、心の中、極大や極小の世界なども知覚できる。想像力はありえないことを夢想することではなく、ありえることを知覚すること。ドラゴンの背に乗って飛ぶ感覚は想像できるが、ありえない色は視えない。
ホームズは想像力を駆使して事件を解決している。本作でドイルがそう強調したわけではないが、本案のテーマにしよう。「観察と記憶」や「推理の可視化」とはちがった側面を描けるだろう。
先行作品
例によって「銀星号事件」の映像化作品を振り返る。といっても2つ。
1937年 Silver Blaze - Murder at the Baskervilles
モノクロ、71分。副題に「バスカヴィルの殺人」とあるが、「バスカヴィルの犬」事件は関係ない。ホームズは銀星号を追跡中にストレイカーの死体を見つけるなど、推理らしい推理もない。事件の背後にはモリアーティ教授とモラン大佐がいたが、あまり頭のいい描写はない。よくある悪党コンビ。
動画制作のヒントはないが、歴史資料として楽しめた。
※ホームズ(Arthur Wontner)、ワトソン(Ian Fleming)
1988年 Silver Blaze from The Return of Sherlock Holmes
英国グラナダTV製作のテレビドラマ。原作を忠実に映像化しており、ダートムアの風景や厩舎の様子はとても参考になった。ロス大佐は鼻持ちならない人物で、サイラスはいかにも悪党に演出されている。レース出走直前に銀星号の正体を明かすことで、原作の無理を軽減している。
文句ない映像化だが、ホームズの超人ぶりが気になった。
※ホームズ(Jeremy Brett)、ワトソン(Edward Hardwicke)
コメンタリー
文庫式キャラは素材として公開する予定だが、細部を調整したい。あー、時間が足りない。
※文庫式キャラ素材
オープニング
最初は、ホームズとワトソンがダートムアに到着したところからスタートしようと思った。事件の経緯はメイドや馬丁に聞けばいいし、動画を短くできる。しかし組んでみると、トントン拍子に進んでおもしろくない。そこで「現場に向かう車内であれこれ推理する前半」と「現場に到着して、手がかりから事件を立証する後編」に分けることにした。
※物語はワトソンのワクワクからはじめたい。
電柱の擦過から汽車のスピードを測る
ホームズは汽車のスピードを算出し、ワトソンを驚かせる。とくに意味はないので、ワトソンがホームズの推理を言い当てるよう改変した。これはワトソンも想像力を駆使していることを示すためだ。
ホームズの想像力ばかり強調すると、「やっぱ特別な人間は特別だ」と思考停止してしまう。そうじゃない。想像力はみんな持ってるが、使い方を訓練してないだけ。ワトソンはホームズに興味があるから、おのずと想像力が働いたのだ。
※ワトソンの想像力
事件の概要説明
メイドは不審者に声をかけられる。厩舎に逃げ、小窓から夕食のバスケットを渡して助けを求める。馬丁は犬をけしかけようと引っ込むが、出てくると人影はない。付近を見て回る。深夜、ストレイカーは家を出る。朝、厩舎にストレイカーの姿はなく、馬丁Aは昏倒、BとCは熟睡、銀星号の馬房は空っぽ。窪地で死体を発見する。
それほど複雑ではないが、言葉で説明するのは難しい。しかし映像化すると、厩舎の小さな窓とか空っぽの馬房とかめんどくさい。おまけに全体像が見えにくくなる。
なので場面を抽象化して、情報カードと見取り図を駆使する。え? いつもの工夫だって?
駆使して、はじめての人でもわかりやすく演出した。え? いつものことだって? プロットを具現化するのは大変。画面サイズに収まり、字幕を邪魔せず、カードが自在に動き、セリフの説明と合わせ、テンポよく出し入れする。ほんとに大変なんだよぅ!
※厩舎見取り図:適当に作ったもの。窪地はやや近い。
※ダートムーア地図:これも適当。Googleマップを見ながら作った。
シンプソン兄弟
フィッツロイ・シンプソンは、「青い紅玉」の競馬好きの男から霖之助を想定していたが、チンピラコンビを出したい誘惑に負けた。ちなみに兄フィッツ、弟ロイという設定。当初はグレゴリー警部がアリスだった。
久しぶりのオラオラ。ワンパターンかもしれないが、それでもやるのがいいんだよ。チンピラコンビは掛け合いのテンポがよくなって、とても使いやすい。
※チンピラコンビは使いやすい。
※先入観ヨクナイ!
それはそうと5000ポンドは大金だ。当時はありえる金額なのか? ドイルが適当に書いちゃったのか? わからないけど、そのままにした。翻訳によっては、シンプソンは本命馬(銀星号)に賭けたようにも読める。なにより掛けたあとに情報収集しても意味がない。よくわからないが、ま、重要じゃないか。
7つの仮説
「7とおりの仮説を立てた」(I have devised seven separate explanations.)や「粘土がなければ煉瓦は焼けない」(I can't make bricks without clay.)のセリフが出てくるのは「ぶなの木屋敷」だが、有名なセリフだからどっかで耳にしたことはあるだろう。
んで、7とおりの仮説を考えてみた。2つを口頭で、3つを映像で、極論2つを伏せている。原作を読んでる人は、最初に正解を口にしているとわかる。
仮説はいくらでも増やせるが、根拠もなく「入れ替わり」とか「クローン」とか言い出すと妄想になる。
だれがストレイカーを殺し、銀星号はどこに消えたか?
- 犯人は予想屋兄弟で、銀星号は不可知の領域に隠されている。
- 犯人は警察で、銀星号は見つからなかったと報告している。
- 犯人は馬丁で、犯罪組織と結託して馬を搬出した。
- 犯人は銀星号で、調教師を蹴り殺して逃げた。
- 犯人は厩務員で、銀星号は最初からいなかった。
- 犯人は厩舎全体で、銀星号は厩舎から出ていない。
- すべての情報はウソ。
※銀星号は駅馬車として搬出された。
※銀星号は最初からいなかった。
※銀星号は厩舎を出ていない。
傾くホームズ
話しながらホームズが傾いていく。くつろいでいる。つまりワトソンと遊んでいるのだ。いまは移動中でヒマだから。仮説に興奮するワトソンと、移動中でヒマを持て余すホームズ。こういう対比は好き。
※勝負は現地に着いてから。
ダートムーアに到着
ここから後編。長くなると思っていたが、あんがいコンパクトだった。1本にまとめられるが、そのまま分割投稿した。
さて、ダートムーアと言えば「バスカヴィル家の犬」。なので、ちらっと触れてみる。制作予告ではない。いいかね? 作る予定はないよ。
※「バスカヴィル家の犬」のあとの話
現地でわかること
仮説の幅を広げるため情報を間引いたから、現地でわかることが増えた。「安楽椅子探偵」も好きだけど、こうした行動によって事実を掴んでいく展開も好き。冒険要素だ。
グレゴリー警部は無能に見えるが、調べるところは調べているし、ウソもついてない。グレゴリー警部を無能とそしるのは簡単だが、ホームズが同じところを捜索するのは無駄だ。人間を有能/無能で選別すると効率が下がる。
ホームズはグレゴリー警部の結論は信じないが、調査は信じている。つまり銀星号は、グレゴリー警部が想像できない場所にいる。さらりと流されているが、おもしろい発想だよね。
吠えなかった犬の推理 (The dog that didn't bark)
「吠えなかった犬の推理」または「鳴かなかった犬の推理」は、本作によって生まれたミステリー用語。「一見すると不自然ではないが、状況を踏まえるときわめて不自然である」という着想。蛇足を承知で説明すると、「犬はいつも吠えているわけではないが、厩舎に不審人物が入ってきたら吠えたはず。吠えなかったということは、侵入者は犬にとって馴染みある人物だった」と推理される。
この手法はミステリーだけでなく、「あるべきものがない」という視点で一般生活にも応用できる。
ヴァン=ダインは「ヴァン・ダインの二十則」(1928年)において、「吠えなかった犬の推理」は陳腐化した手法で、一種の禁じ手と述べているが、まるっきり的外れ。「吠えなかった犬の推理」が決まって、「ああっ! そうだった!」と気づいたときの興奮はたまらない。
というわけで、文庫版ではワトソンが気づくシーンを挿入した。
※吠えなかった犬の推理
ストレイカーの二重生活 / 聞き取り
後編になって、ストレイカーの二重生活が明らかになる。この三角関係からストレイカー(藤原妹紅)、夫人(上白沢慧音)、愛人(蓬莱山輝夜)と配役された。「お貞の話」と同じ。
原作を読んでると、いくつもの要素が省かれていることに気づくだろう。遺留品のスカーフ、夫人のドレスを確認する方便、かけられたコート、マッチなど。どれも印象的だが重要ではないと判断した。
盛り込んでも、再生時間が倍になるわけじゃない。ここまで軽量化する必要はないのかもしれないが、私は要素を削ることで、なにが大事か見極めている。1時間の番組にするニーズが発生するまで、このスタイルで行こうと思う。
※三角関係楽しい。
荒野の探索
後編の後半。荒野の探索パートである。
目的を見失ってる人がいるかもしれないので、ミッション確認を挿入。「そんなのわかってるよ」と言う人がいるかもしれないが、念のため。「なんのため、なにをしてるか」、見失ってほしくない。
※ミッション確認
この捜索パートも苦労した。最初はフルサイズの地図を用意したが、キャラとの切り替えが面倒。地図を小さく加工し、ふたたび会話に合わせて演出を凝らす。
仮説が1つずつ立証され、ワトソンが興奮する。わかりやすさと同じくらい、興奮も大事。このあたりは解説しても野暮だな。
理論より事実
銀星号が仮説ルートを外れるところが、ドイルのすごいところ。ホームズはもちろん事実を追う。なにげにすごい。クリスティも同様のことを述べている。
もし事実が理論と合わないとしたら、捨てるのは理論の方ね。
アガサ・クリスティ
If the fact will not fit the theory - let the theory go.
※仮説から外れるところがうまい。
メイプルトン厩舎へ
原著では「the Mapleton stables」だが、「ケープルトン厩舎」と訳されることもある。
ワトソンの双眼鏡が「装甲騎兵ボトムズ」のATパイロット視界になっていることに、深い意味はない。最初は双眼鏡で作ったんだけど、遊んでみただけ。
※ボトムズのパイロット視界
※試作品の双眼鏡視界
ジェレミー・ブレッド版「銀星号事件」では悪党として描かれるサイラス・ブラウン。しかし原作をよく読むと、サイラスはだれも見てないのに銀星号を返そうとして、ストレイカー殺害を聞いて怯えるものの世話は継続し、ホームズの命令に従って銀星号をレースで優勝させている。結果、自分の厩舎の馬が負けてるわけだから、にくめない男だ。
フランを配役したところ、ロス大佐(レミリア)と関係があるように見え、「ロス大佐に解雇された騎手」という設定を思いつく。するとロス大佐が自分の間違いを認めるエンディングが見えた。やった!
※気弱なサイラス・ブラウン
謎解き
文庫版ホームズは推理の過程を明かしてるから、「最後の謎解き」で語ることがない。なので長いテロップを流し、ワトソンはべつのことを考えている。ミステリーの醍醐味から外れるが、これはこれで気に入っている。
※総括でしかない謎解き
ちゃんと世話したサイラスを連れて行かないのは不自然に思えた。連れて行ってどうするのか、あんま考えてなかったが、文庫版ホームズがうまくまとめてくれた。都合がよすぎると思われるかもしれないが、あれこれ策をめぐらすより痛快になったと思う。
【激戦アレンジ】 亡き王女の為のセプテット -7th- がシンクロする。ふふふ、このエンディングを最初に見たのは私だぜ。
※ロス大佐は自分の考えが絶対でないことを知った。
雑記
リスペクト動画の登場、文庫座談会、文庫サーバ、その運営などで、動画投稿が滞ってしまった。動画は作ってあるんだけど、最後の仕上げに手こずったり、編集後記を書けなかったり。言い訳はよくない。歳をとって、頭の回転が鈍くなったのかなぁ。いや、考えなきゃいけないことが多すぎる。
ま、それはそれ。
とにかく編集後記を公開して、次の作品に取り掛かろう。