旅行  2010年05月04日(火) の東京都:東部 にて

第五福竜丸展示館 / 廃棄寸前で保存された記憶

(map)

[WGS84] 35.650958, 139.826303 - Google Earthで開く(kml)

夢の島熱帯植物園を出たあとは、隣接する第五福竜丸展示館を訪れた。

アメリカの水爆実験によって被爆した遠洋マグロ漁船──第五福竜丸。
その名は知っていても、その船体がいま、夢の島に保存されていることはあまり知られていない。第五福竜丸はゴミとして、夢の島近隣に打ち捨てられていたのだが、東京都職員らによって再発見され、夢の島公園の「第五福竜丸展示館」に永久展示されることになった。当時は原水爆の記録を残したくないというアメリカの影響力が強かったらしい。

第五福竜丸展示館
※第五福竜丸展示館:入場無料

「原水爆の被害者はわたしを最後にしてほしい」

1954年(昭和29年)3月1日に実施されたキャッスル作戦・ブラボー実験(ビキニ環礁)──。
そのとき第五福竜丸はどの海域にいて、なにに遭遇したのか。帰港した船員23名は、どのような検査を受け、どのような最期を迎えたのか。そして日本やアメリカは、どのように対応したのか。
当時、日本がいかに弱い立場だったかわかる
私は「アメリカが設定した危険水域外で操業をしていた第五福竜丸が被爆した」と記憶していたが、事件はそう単純じゃない。

第五福竜丸展示館
※全長30メートルの船体:放射能は残っていない

第五福竜丸展示館
※けっこう大きい

第五福竜丸展示館
※23人で操船していたのか

昨年は長崎、広島で原爆資料館を見学してきた。昨今、ハリウッド映画では原爆を「威力の大きな爆弾」のように描かれることが多いが、とんでもない話だ。原水爆の被害も恐ろしいが、その記録が風化したり、偏って伝わっていることは、もっと恐ろしい。

第五福竜丸展示館
※採取された死の灰

第五福竜丸展示館
※原爆マグロ塚:築地から移転された

時刻は16時を過ぎたところ。天気のいいゴールデンウィーク。余暇を楽しむ人たち。平和って、いいなぁ。

あとは帰るだけだが、新木場駅にもどるまえに、「ゆめのしま海の駅」を見ていくことにした。第五福竜丸展示館の裏手にある係留所のことだ。

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