旧登米高等尋常小学校(教育資料館) / 真夏の木造校舎
2010年 宮城県 #東北夏祭りドライブ 博物館 建物:近代遺産旧登米高等尋常小学校はいつか見てみたいと思っていたところ。
テレビで紹介されているのを見て、興味をもったのは何年前だろう? 「いつか」と思っていたけど、本当に訪れることができようとは思わなかった。
昨年は西予市で開明学校も見てるから、ちがいを比較できる。
※入学するときは、子どもたちは興奮しただろう
旧登米高等尋常小学校校舎
1888年(明治21年)に建てられた尋常小学校。2階建ての木造建築で、「コ」の字型をしている。和洋折衷で、開明学校や旧田中銀行の擬洋風建築とは異なるようだ。ヘリテージング100選の1つに選ばれている。
現在は教育資料館として、当時の教室を再現したり、戦前の教育に関する資料が展示されている。入場料は、教育資料館・水沢県庁記念館・登米懐古館・伝統芸能伝承館・警察資料館の5施設共通券で800円。教育資料館に車を止めれば、水沢県庁記念館と登米懐古館は歩いていける。
※手すりの木目
※吹き抜け片廊下
※廊下に傘立てがある
100年前の夏は暑かったか?
階段も廊下も、壁も、手すりも、柱も、みんな木造。ギッギッと音が鳴るし、手を触れると独特の柔らかさがある。
しかし暑い。冷房なしの近代建築より涼しいかもしれないが、暑いものは暑い。こんな暑さじゃ勉強に身が入らない。100年前の夏は、こんなに暑かっただろうか? まぁ、「冷房や扇風機がない」と騒ぐ子どもはいなかっただろう。夏が暑いのは当たり前だから。
※木造の校舎、木造の教室(HDR撮影)
※椅子が小さい!
※机は上に開く仕組みだった
※当時のものではないだろうが、黒板とチョークが置いてあった
当時の子どもたちはノートを使っていただろうか? 工業が発達して、ノートは安価になった。そして今はノートからデジタルに移行しようとしている。世の変化は早いね。
※窓枠の敷居水抜き穴
※裏手に見えるのは後進の登米市立登米小学校だろう
※2階の吹き抜け片廊下より
※立派な建物だ
半鐘のこと
この半鐘は1939年(昭和14年)まで授業の始・終業の合図として使われていたもの。いつ、どこの、だれが鋳造したかが明記されていた。
鋳物師:登米伊達藩鋳物師江田家
第19代江田嘉茂左衛門
登米町寺池金谷在住
鋳工:大正5年11月23日
この学校のために作られた半鐘。当時の鋳物はすごい価値があったんだね。
※半鐘を鳴らしてみる
※シルエットだけ見ると、今日も授業をしていそう
明治政府は国民の知識水準を高めるため、全国に尋常小学校が作らせた。このころ政府はカネがなかったから、多くの学校は地元住民の寄付によって建てられたらしい。現存する尋常小学校を訪れると、当時の人たちがいかに教育に期待していたかが忍ばれる。
登米高等尋常小学校を建てた人々に敬意を表したい。
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