学習性無力感

この記事は約2分で読めます。

ちょっと残酷だが、こんな実験がある。
1967年に、セリグマンという心理学者が論文発表したものだ。
床に弱い電流がながれる部屋を作って、2頭の犬(AとB)を入れる。
犬Aの部屋にはボタンがあって、押せば電流が止まるようになっている。
電流がながれると、犬Aは驚き、暴れる。
やがて電流とボタンの因果関係に気づき、これを学習する。
電流がながれると、犬Aは立ち上がって、ボタンを押すようになる。
一方、犬Bの部屋にはボタンがない。電流を止められない。
すると犬Bは、電流に反応しなくなる。
じっと耐えるだけ。驚きもしない。
ここに新しい犬Cを加えて、新しい部屋に移し替える。
今度は、低い囲いのある部屋だ。簡単に飛び越えられる高さである。
犬を入れたら、やはり電流をながす。

犬C

なんの訓練もしていない犬Cは、すぐに囲いを飛び越えて、外の安全な世界へ逃げ出した。

犬A

犬Aは、ボタンを探しはじめた。
しかしボタンが見つからないと、やはり囲いを飛び出した。

犬B

犬Bは、電流がながれる床に寝そべって、ただ我慢しつづけた。それまでのツライ生活が習慣となっていて、そこから逃げ出すという発想がなかったのである。
犬Aは、「ボタンを押せば電流が止まる」ことだけでなく、「なんとかすれば電流は止まる」、つまり「なんとかなる」ことを学習していた。
一方、犬Bは逆に「なにをしても無駄」だと学習してしまった。それゆえ、飛び越えられる囲いに、まったく気づかなかったのである。
──セリグマンはこれを「学習性無力感」と呼んだ。
※Learned Helplessness


私たち人間は、「学習性無力感」にどっぷり漬かっている。
いや、漬け込まれていると言った方が正解だろう。
不条理に慣れてしまった人、
「やむをえない」「仕方がない」を連発して、ただ我慢するだけの人。
そんな人が近くにいないだろうか?
朝、顔を洗うときにみる鏡の中にだけは、いてほしくないよね。

タイトルとURLをコピーしました