労働は苦役なりや?

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意味は、その対象ではなく観測者の中にこそある。
見る人がちがえば意味も異なる。どれが正しいかなんて、問うても仕方がない。
──労働は苦役(イヤなこと)なのだろうか?

A.労働は苦役なり。

働くことは、どう考えてもイヤなことだ。イヤなことだからこそ、対価(お金)が支払われる。対価のために働いている。対価なしでは、指一本動かしたくもない。
私たちは労働力の所有者であり、それを切り売りしているのだ。

B.労働は苦役にあらず。

自分の時間を切り売りしてお金を稼ぐ」という価値観はもう古い。人は、働くことから多くを学び、働くことを遊びのように楽しむことができる。
そうした考えができる人こそが、新たな価値を創出し、成功できるのである。

互いの印象

Aの側にいる人は、Bと考える人が馬鹿に見える。
「労働が苦役じゃない? 仕事は楽しい? 仕事が好き?
 あんた、だまされてるよ
 会社のモチベーションマネジメントに洗脳されているな。
 あんたのような人がせっせと働くことで、会社や国が潤っているのさ。」
Bの側にたつと、Aの考えは悲しく見える。
「それじゃ、あなたはなんのために生まれてきたの?
 なにも造らず、だれも助けず、ただ消費するだけの人生なの?
 それが素晴らしいと思ってんの?
 だまれ、うんこ製造器!」


どれが正しいかなんて、問うても仕方がない。
ただ、自分にとっての意味は決めておいた方がいい。
自分で決めなければ、ほかの誰かによって決められるだろう。
たとえ間違っていても、自分の道は自分で決めたい。
自分で決めたと思えるくらい、考えて生きていきたい。
少なくとも私はそう思っている。

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