日記を書くときは、実在する個人を特定できないよう配慮している。
気づいている人も多いと思うが、イニシャルは頭文字とはかぎらない。また同じ人物を複数のイニシャルで書いたり、同じイニシャルで複数の人物を書くこともある。
たとえば「先輩X」は、すでに4人分のエピソードが含まれている。
ひとつずつの日記に描かれた人物は存在するが、それらを包括する「先輩X」という人物は存在しない。
事件の内容もデフォルメされている。
ややこしい経緯は削って、わかりやすく、寓話的にまとめてある。私の日記は、事実の記録(ドキュメンタリー)ではない。思考の流れを要約したものであり、皆さんにとっては1つの空想(フィクション)と言える。
しかしそれでも……そうであるがゆえに……問題もある。
リアルな私をよく知る人なら、日記で言及されたのは誰で、なんの話か連想できるかもしれない。しかし連想は、時として誤解を招く。
(これはきっと彼の話だ。へぇぇ、そんなことがあったのか。)
シャッフルとデフォルメが、よけいな誤解を生むというわけだ。
もちろん、あけすけな悪口など書いていない。
当人に読まれても問題ないし、むしろ当人に読んでもらいたいと思っている。しかし当人の了解を得てから日記にしているわけじゃないし、第3者がどう誤解するかはわからない。そもそも悪口かどうかの判断は、当人の主観にゆだねられる。
とはいえ、なにも連想させないように書くことは不可能だ。
「友人と遊んだ」と書いても、誤解する人は誤解する。
配慮はするけど、徹底はできない。徹底させるには、日記をやめるしかない。
……はてさて、どうしたものか。