高台に佇む白い天主堂は、楚々とした美しさがあった。
階段を登っていくと、奇妙な感じがする。浦上天主堂とフォルムは似てるが、雰囲気がちがう気がするのは知識による影響か。ここ大浦天主堂は、日本二十六聖殉教者に捧げられた教会であり、また隠れキリシタンが信仰を告白したところでもある。
大浦天主堂
[所在地] 長崎県長崎市南山手町5-3
[連絡先] 095-823-2628
[創建] 1864年(元治元)
[拝観時間] 8:00-18:00
[拝観料] 大人300円

※大浦天主堂
ワレラノムネ、アナタノムネトオナジ(私の宗旨はあなたの宗旨と同じです)
大浦天主堂は1864年(元治元)、長崎に着任したフランス人司祭(神父)プチジャンらの設計によって完成した。正式名称は日本二十六聖殉教者聖堂(天主堂)。その名のとおり、日本二十六聖人に捧げられた教会堂である。プチジャン神父は、今でもどこかにカトリック教徒が密かに信仰を守っているのではないかと期待していた。
日本二十六聖人
1597年(慶長元年)、豊臣秀吉の命により26人のカトリック教徒が処刑された。26人は後にカトリック教会によって「聖人」の列に加えられた。
建立の翌年、キリシタン弾圧を250年──7世代にわたって耐え抜いた隠れキリシタンが信仰を告白した。プチジャン神父は喜び、「信徒発見」のニュースを当時の教皇ピウス9世のもとに伝えた。この話はキリスト教史上でも名高いらしい。250年も隠してきたことを告白させるのだから、大浦天主堂がいかに神々しい存在であったかうかがい知れる。プチジャン神父にとっては信徒発見だが、隠れキリシタンにとっては神の発見なのだから。

※教会堂は殉教地である西坂に向けられている

※見上げる

※振り返る

※信徒発見記念「日本之聖母」はフランスから贈られたもの

※当時の人にはどう見えただろう

※尖頭の十字架は自由の象徴
ステンドグラスの美しさ
聖堂内は撮影禁止。ステンドグラスの明かりに満たされているが、浦上天主堂のような青一色ではなく、青、赤、オレンジ、緑とカラフルだ。壁の白さが、色を際立たせている。ステンドグラスはフランス製で、145年前のもの。お見せできないのが残念だ。

※入り口:聖堂内も同じヴォールト天井になっている

※お見せできない
現存する日本最古のキリスト教建築物
大浦天主堂は、国宝に指定された唯一の洋風建築。しばし教会堂の周囲を見て歩く。すると奥にキリシタン資料室があった。

※石畳の道がある

※細工を凝らされた天窓

※尖頭式アーチ形の窓

※ステンドグラスをちらり
キリシタン資料室 – 信徒たちの凄絶な歴史
裏手にある建物は国重要文化財「旧羅典神学校」だった。かなり古い。1875年(明治8)に完成し、1926年(大正15)までラテン神学校校舎兼宿舎として使われていた。現在は「キリシタン資料室」として公開されている。大浦天主堂まで来て、キリシタン資料室に気づかない人も多いのではあるまいか。建物内部は古さのせいか、展示物のせいか、妙に圧迫感があった。
マリア様に見立てた観音像、背中に十字架を彫り込んだ仏像……。禁じられた信仰を密かに伝えてきた痕跡。隠れキリシタンの受難については、このあと訪れる福江島でも見ることになる。

※旧羅典神学校

※学校なので、教室がいっぱいある

※仏像の背に十字架がある

※凝った造りの階段
キリシタン資料室の反対側は売店になっていて、コリン神父の紹介があった。読むと、その壮絶さに気分が重くなった。

※ベンチにいるのは悪魔?

※振り返って

※7日、長崎をあとにするフェリーから撮影
私は信仰心のない男だが、信仰に寄せる人々の思いには敬意を払いたい。