【ゆっくり文庫】アシモフ「迷子のロボット」われはロボットより

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057 ナイフに柄があるように──

宇宙基地で1台のロボットが姿を消した。《ロボット心理学者》スーザン・カルヴィン博士は、迷子のロボットを見つけ出せるか?

原作について

アイザック・アシモフ

アイザック・アシモフ
(1920-1992)

 メアリー・シェリーが『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』(1818)を書いて以降、人造人間は怪物──恐怖の対象だった。カレル・チャペックの『R.U.R.』(1920)によって人造人間はロボットに置き換わったが、やはり人間に叛逆するものだった。
 そうした流れを変えたのがアシモフの短編集『われはロボット』(1950)である。アシモフはロボットを道具として描いた。「ロボット工学三原則」はその象徴だが、ロボット工学三原則があればロボットが無害になるという魔法ではなく、どうすればロボットを安全に使いこなせるか、どんな危機が予想され、どのように乗り越えられるかを考えることが作品の本質といえよう。
 『われはロボット』から66年。ロボットは道具から召使い、友だち、家族、恋人とステータスを高めていくが、あわせて人間とロボットの差はなくなった。21世紀、ロボットと聞いて怪物を連想する人はいないだろうが、人工知能の実現が夢物語で失くなった今こそ、ロボット工学三原則の精神に立ち返る必要があるだろう。
 技術は人間の役に立ってこそ価値があり、技術を使いこなすには知恵がいる。知恵とは、彼我の差を認識し、どうあるべきかの指針をもつこと。なんでも友愛で解決できると思うやつは平和の障害物だ。
アシモフ「迷子のロボット」
※ロボットを使役することと、愛情をもって接することは矛盾しない。

映画はダメダメ

 ウィル・スミス主演の映画『アイ,ロボット』(2004)を見てショックを受けた。アシモフが否定した「ロボット叛逆もの」であり、知恵より体力で問題解決するアクション映画だった。もともとアシモフの映画化としてスタートした企画じゃないそうだが、原作を忘れて見てもチープだ。
 「これがアシモフなんだ」と誤解されるのは口惜しいので、【ゆっくり文庫】で取り上げることにした。8月24日の午後のロードショーで『アイ、ロボット』が上映されるから、先んじて公開することにした。
アイ,ロボット
※映画『アイ,ロボット』より。『迷子のロボット』っぽいショットに騙された。
 番外編「表現について」で述べたように、『フランケンシュタイン』→『R.U.R.』→『われはロボット』の順で見てほしいが、『フランケンシュタイン』はもう2年も手こずっているから、見切りをつけることにした。将来、これらの作品が揃ったら、また見返してほしい。

翻案について

 『われはロボット』は9つの短編が、スーザン・カルヴィン博士の回想というかたちでまとめられている。すべてを盛り込むことはできないので、ロボット工学三原則の魅力がもっとも描かれた『迷子のロボット』を選ぶ。『証拠』や『災厄のとき』も好きなんだけど、ロボット工学三原則の前提がないと楽しめない。これらもいずれ制作できたらいいが、いつになることやら。

  1. ロビイ – “Robbie” (1940, 1950)
  2. 堂々めぐり – “Runaround” (1942)
  3. われ思う、ゆえに… – “Reason” (1941)
  4. 野うさぎを追って – “Catch That Rabbit” (1944)
  5. うそつき – “Liar!” (1941)
  6. 迷子のロボット – “Little Lost Robot” (1947)
  7. 逃避 – “Escape!” (1945)
  8. 証拠 – “Evidence” (1946)
  9. 災厄のとき – “The Evitable Conflict” (1950)

野うさぎを追って
※第4話「野うさぎを追って」パウエルとドノバン
うそつき
※第5話「うそつき」カルヴィン博士 vs 心を読めるロボット
逃避
※第7話「逃避」カルヴィン博士 vs 思考マシン

物語のアップデート

 アシモフは短編を書く中でロボット工学三原則のアイデアを固めていった。なので連作短編集として見るとちぐはぐな点もある。また21世紀の常識に照らすと説明が足りなかったり、奇妙なところもある。なので、できうるかぎりアップデートした。
 具体的には「フレーム問題」の解消である。陽電子頭脳に答えを出させるため、「人間が考えそうなこと」という枠組み(フレーム)を与える。その副産物として生じる感情を、ロボット工学三原則で打ち消すという設定にした。人工知能として考えると至らぬところはあるが、より受け入れやすくなったと思う。こうした理由付けがないと、正体を見破られたネスター10号の憤りが浮いてしまう。
フレーム問題
※人間の気持ちを察することなしに、あいまいな命令は理解できない。
 ロボットが人間の感情を理解し、人間らしい反応を示したからといって、「心がある」とは断定できない。いわゆる哲学的ゾンビというやつだ。このあたりも考えると楽しいが、今回のテーマじゃないのでパスする。
 「小惑星群にある宇宙基地で起こった問題を解決するため、地球から博士を呼ぶ」という展開は距離的にありえないし、ロボットがネットワーク化されておらず、音声会話で情報共有するのも不可解だが、このあたりはスルーした。こうした修正はちょこまかあるので、気になる方は原作と読み比べてほしい。
 50年代のロボットは、それぞれのボディに1つずつ陽電子頭脳が入っているが、現代の技術から想像すると、1つの巨大な陽電子頭脳が複数のボディを遠隔操作するクライアントサーバモデルになるだろう。この前提で、どうすればロボットを安全に使いこなせるか、どんな危機が予想され、どのように乗り越えられるかをシミュレーションするSF作品を読んでみたい。

カルナー少将

 陽電子頭脳やロボット工学三原則を説明するため、原作にないラウンジの会話シーンを追加した。カルナー少将は技術に疎いため、いい聞き役になったと思う。
 本作は【ゆっくり文庫】でもっとも長くなったので、この会話シーンを省くべきか悩んだが、やっぱり世界観は不可欠と判断した。
【ゆっくり文庫】アシモフ「迷子のロボット」
※コーヒーを飲むのは、仕事から離れたカルヴィン博士のやわらかさを描くため
 原作のカルナー少将は堅物だが、【ゆっくり文庫】は理解ある協力者と位置づけた。カルナー少将がカルヴィン博士を特別視する理由も考えてあったが、テンポが悪くなったので割愛した。以下はその脚本。

カルナー少将 ハイパーコーヒーはいかがです?
カルヴィン いただきます。
ふたり (ごくり)
カルヴィン あの、少将は私のことをご存知ですの?
カルナー少将 このプロジェクトをはじめるとき、ラニング所長に忠告されたんです。
奇妙なことがあったら基地を完全封鎖して、スーザン・カルヴィン博士を呼ぶようにと。
カルヴィン そんな忠告するくらいなら、改造ネスターなんか作らなきゃいいのに!
私はなにも知らされなかった!
カルナー少将 彼を責めないでください。
あなたに知られたらプロジェクトはおしまい、とも言ってましたよ。

 会話は下記のようにつづく。三原則の重要性、危険性が強調されるが、カルナー少将が状況を理解し、63台の破棄を受け入れちゃうとおかしいのでカットした。

カルナー少将 三原則は、あなたが作ったんですか?
カルヴィン 私はU.S.ロボット社が設立された1982年産まれですよ。
カルナー少将 ああ、失敬。
カルヴィン 三原則を基本設計とする陽電子頭脳を発明したのは、
U.S.ロボット社の創設者、ローレンス・ロバートソンです。
現在あるロボットの陽電子頭脳はすべて、
アーキタイプのコピーなんです。
カルナー少将 そうなんですか。
カルヴィン 現在、三原則のない陽電子頭脳は開発を禁じられていますが、
技術的にも不可能です。
カルナー少将 なぜです?
カルヴィン ロボットの助けなしに陽電子頭脳を設計・製造することはできず、
三原則のあるロボットは三原則のない陽電子頭脳を危険と判断するからです。
カルナー少将 第一条(人間の安全)は第二条(命令の服従)に優先される、か。
カルヴィン 最初の陽電子頭脳は、三原則のない陽電子頭脳によって設計されたはずですが、
その手順は焼却されており、わかりません。
カルナー少将 なんとまぁ。
カルヴィン しかし三原則が欠けた陽電子頭脳があれば、
三原則のない陽電子頭脳を開発することは可能となります。
三原則のない陽電子頭脳が人間に危害を加えても、
ネスター10号にとっては外的要因として看過できるからです。
カルナー少将 ち、ちなみに三原則のない陽電子頭脳は、どうなるんです?
カルヴィン わかりません。
人間より高次の知性体になるでしょうから。

カルナー少将 ……いやな予感しかしない。
カルヴィン だからラニング所長は基地を完全封鎖せよと言ったのです。
もしネスター10号が地球圏に逃れていたら、
取り返しのつかない災害が起こったかもしれません。
カルナー少将 ……。
カルヴィン 三原則が欠けた陽電子頭脳は、ただの一台も存在してはなりません。

ローレンス・ロバートソン
※U.S.ロボット社の創設者、ローレンス・ロバートソン

キャスティングについて

 カルヴィン博士がパチュリーに決まれば、カルナー少将(レミリア)、研究員(美鈴と咲夜)は連鎖的に決まった。以前は「パチュリーの出演作が少ない」と思っていたが、そうでもなかった。
 原作のピーター・ボガードはもうちょい野心的だが、きめぇ丸が演じるとボンクラに見えるから不思議だ。曲者のラニング博士(八雲紫)も悪くない。
 お気に入りは、魔女(パチュリー)と馬鹿(チルノ)の対比。東方Projectのチルノは脳天気だが、妖精の枠から外れかかった特殊な存在である。ネスター10号にふさわしい。まぁ、私が妄想するネスター10号だけどさ。
改造ネスター
※ネスター10号だけでなく、ほかの改造ネスターも枠から外れつつある。
スーザン・カルヴィン博士
※スーザン・カルヴィン博士 (Susan Calvin)
 1982年生まれ。少女時代からロボットに興味をいだき、16歳のときに受けたラニング博士のセミナーに感銘を受け、ロボットの研究者を志す。コロンビア大学卒業後、2007年にサイバネティックで博士号を修得。U.S.ロボット社の専属ロボット心理学者となり、ロボット開発初期の数々の難事件の解決にあたった。2057年に引退、コンサルタントとなる。2064年に没す。享年82歳。
 2016年現在、彼女は34歳である。
 カルヴィン博士は徹底してロボットに愛情を注ぎ、人間に対しては冷たく振る舞った。そのため彼女自身もロボットではないかと陰口を叩かれたこともあった。ロボット工学への貢献は多大なものがあり、三原則も彼女が作ったと誤解されることもある。数千年後の世界(『新・銀河帝国興亡史』)では神格化されており、人間の忠実な下僕であろうとするロボットの党派が「カルヴィン派」を名乗っている。
 アシモフ自身、彼女に恋していることを認めている。

カルヴィン博士の作戦

 わかりにくかったかもしれないので、補足。カルヴィン博士はネスター10号の慢心を突いて識別する作戦を立案。しかし関係者の表情から作戦が漏れることを恐れ、ボガードにウソの作戦(=ネスター10号にプレッシャーを与える)を教え、自分自身もネスター10号に接しないようにした。
 カルヴィン博士は疑わしい個体をピックアップしていた。本編中、面会シーンに出てきたNS2型(17番と46番)は、どちらもネスター10号である。カルヴィン博士がどうやって絞り込んだのかは不明だ。2回目のテストは確証を得るため実施したのだろう。
改造ネスター
※改造ネスターは上から17番目、下から46番目
 おそらく「陽電子頭脳があんなミスをするはずがない」とか「カルヴィン博士は勝ったように見えるだけで、ネスター10号は逃げ延びているのでは?」というコメントがあるだろう。しかし改造ネスターはしょせん作業用ロボットであり、接した人間の数も時間も多くない。ノーマルNS2型を身代わりにしてカルヴィン博士を出し抜くなんて考えられない。そこまで疑うならラニング所長はロボットだとか、すべては仮想現実だとか、なんでもありになる。無限に可能性を考慮するのはナンセンスだ。

動画制作について

 番外編で述べたように、素材が足りなかった。フリー素材では適当なものが見つからず、映画『アイ,ロボット』(2004)、ゲーム『DEAD SPACE』(2008)、アニメ『シドニアの騎士』(2014)からグラフィックや音楽を借りた。ドアの開閉などの効果音はドラマ『スタートレック(宇宙大作戦)』(1966)から拝借したが、気づいた人はいるだろうか? 商業作品から素材を借りるのは避けたかったが、やむを得ない。

最大の難所、63台のテスト

 もっとも悩んだのは63台のロボットを円形に並べるテストシーン。完成形を見ちゃえば簡単だが、思いつくまでは苦しめられた。3Dソフトが使えたら実験施設をモデリングして、カメラをぐりぐりまわしただろう。まぁ、記号化された【ゆっくり文庫】スタイルもきらいじゃないけどね。
 いつか素材を作ってくれる人が現れたらアップデートしたい。いや、素材を作れる人がアップデートすればいい。
強制反応テスト
※63台の改造ネスターが円形に配置されていると思いねぇ。

ロボットの表現

 ロボットたちがサングラスをかけているのは、「三原則で封じられた感情がある」という暗示だ。正体が露見したネスター10号のサングラスが割れ、怒り、恐れ、悲しみがあらわになる演出は、我ながらよくできたと思う。
 もちろん原作のロボットに表情はない。頭のランプ点灯で命令の受諾を表現したかったが、意味的にややこしいので見送った。
 ちなみに「美女と野獣」の野獣マスクは、ロボットのまばたきの応用だ。
ネスター10号
※ネスター10号の油断、驚き、悲しみ、怒り
ロボットたち
※ロボットたち

情報の視覚化

 【ゆっくり文庫】のミステリーにおいて、「情報の視覚化」は欠かせない要素になっている。ロボット、人間、危害、ガンマ線、損害比較、三原則の制約などを図案にする。これらも一発で決まったわけじゃなく、試行錯誤を重ねた結果だ。動画制作中によりよいアイデアが浮かぶこともあるので大変だった。
アシモフ「迷子のロボット」
※13台の改造ネスターがあって、10号がいない
 情報ウィンドウは「シドニアの騎士」を参考にしている。また次回予告の「逃避」の文字も自作した。U.S.ロボット社のロゴマークは映画「アイ,ロボット」よりトレースした。あれこれ作ったので、これ一本で終わらせるのは惜しまれる。

めーりんの後ろ姿

 番外編「表現について」を受けて、しば氏が紅美鈴の後ろ姿を作ってくれた。ニコニ・コモンズに公開するつもりだが、手がまわってない。
 美鈴を主人公にする物語を作っていたが、完成はずっと先になりそうだし、それまで美鈴を登場させないわけにもいかないから、今回、使ってみることにした。後ろ姿がないと成立しない、というシーンでもないが、そこは勘弁してほしい。
めーりんの後ろ姿
※めーりんの後ろ姿デビュー

雑記

 ずっとやってみたかった【ゆっくり文庫】のSFである。SFは特殊な素材がたくさん必要だし、世界観や用語の説明が多くなるため難しいが、苦労しただけの価値ある作品に仕上がったと思う。
 とはいえ、不安もある。ロボット=友だち、という固定概念をもった視聴者は、「ネスター10号がかわいそう」とか「人間はロボットに支配されるべき」といった反応をするかもしれない。繰り返すが、ロボットを道具として使役することとと、愛情をもって接することは矛盾しないはずだが、どうだろう?
 好評ならもっとSFを作りたいが、制作の手間は尋常じゃない。なんとか分業できないだろうか? そのためにも【ゆっくり文庫】でお金を稼げないだろうか?

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