D氏はマジメなサラリーマン。とても誠実だし、好感が持てる人物だ。しかしサラリーマン社会で生きていくには、優しいだけじゃ駄目らしい。
無謀な上司と、無能な部下に挟まれるとどうなるか?
知りたい人は、D氏を見てみればいい。D氏は絵に描いたような中間管理職サラリーマンだ。よく発狂しないもんだと感心させられる。
ひとしきり話したところで、D氏は言った。
「つまり、犬Bがもっとも進化しているわけだね。」
──私は耳を疑った。
(私の説明がヘタだったかもしれない……)
どう返そうか迷っていると、同じく話をきいていた別の人が説明してくれた。
「Mさんね。伊助さんが話してくれたのは、たとえなんだよ。
経験のない犬Cは、ちょっと苦痛があると会社を辞めてしまう。よい経験を積んだ犬Aは、辞める前に問題を解決しようとする。だけど、駄目な経験を積んだ犬Bは耐えるだけ。上司にいびられても、感じなくなってしまうんだ……」
ここでD氏は返答した。
「つまり、苦痛を感じなくなるんですよね?
うっかり会社を飛び出したり、ないボタンを探したりもしない。まったく動じない犬Bが、いちばん進化してるじゃないですか。」
このとき、私たちは気がついた。
(本気だ……D氏は本気でそう思っている!)
「耐えて、耐えて、耐えつつければ、やがて感じなくなる。今はまだ、部長に呼びだされるたびに胃が痛むけど、いずれは、この苦しみからも解放されるんだね。」
D氏も、自分がヘンなことを言っていると気づきはじめたらしい。
だが、もう自分で自分を止められないのか、ぺらぺらと語りつづけた。
「ボタンを押すと、ほかの人に電流が流れるかもしれない。
すると、もっと大きな電流に育ってしまう。
だったら、自分のところで耐えた方がマシだよね。
でも人間が耐えられる電流には限度がある。
だけど、脳が”シビれてない”と思えば、
電流は流れていないことになるはず。
電流でシビれている脳は、もはや正常な判断はできないから、
電流にシビれていることさえ、幻想かもしれない。
つまり、上司も存在しないと思えば存在しないんです。
じつはやっぱり電流は流れていないんですよ!
電流が流れているなんて、誰が決めたんです?
部長ですか?」
なんとかなると信じて、積極的に行動できる心理状態を「学習性効力感」と言う。
しかしD氏の発言は、ちょっと(かなり)違う。
これは単なる「現実逃避」だった。