雨の日の悪意

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──宵闇の満員電車。外は雨。
コウモリ傘を手にした乗客が多い。電車が揺れるたびに、声にならない不満が漏れる。メガネが曇るほど、湿度も高い。
べつに特別な日じゃない。
乗客はみな、ぎゅうぎゅう詰めの満員電車に慣れているはず。なのに陰鬱な雨のせいか、いつもより空気が緊張していた。他人と距離をとりたい。とれない。ストレスが高まる。
駅に到着する直前のカーブで、みなの姿勢が崩れた。
「!!」「!!!!」
足を踏まれたのか、肘が入ったのか、痴漢されたのか。悲鳴のような、恫喝のような、イヤな声が聞こえてくる。息を止めて、耳を覆いたくなる。ここにはいたくない。
──駅に着いた。
ドアが開いて、空気が弛緩する。私の目的地だ。ここで降りられる。人びとがホームに吐き出されていく。その瞬間のことだった。
(あッ!)
コウモリ傘が、車内の人混みの中からにゅっと伸びてきた。降りようとしていた男の背中に、尖った先端が突き刺さる。
「!」
男はうめき、振り返ろうとするが、人の勢いは強く、そのままホームへ押し出されてしまう。バランスを崩し、倒れ込む男。コウモリ傘は、人混みの中に引っ込んで消えた。
「◇◎×ーッ!」
立ち上がった男は、悪口雑言を浴びせた。しかし電車はそれを無視して、ホームから走り去っていく。そして私も、足早にその場を去っていった。早く、広いところへ出たかった。


だれが犯人なのか? なにが原因だったのか? 事情はまったくわからない。
ただ、あのコウモリ傘が印象的だった。
人混みの中から突き出され、そして消えていく。目の前には、たくさんの人がいた。みんな、コウモリ傘をもっていた。
──みんな、コウモリ傘をもっていた。

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