グラウンド・ゼロの雨

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 ニューヨーク15日目は雨だった。
 しかし雨さえも楽しい。今日は傘をさして歩こう。そして、先日は行けなかった「グラウンド・ゼロ」を見ておこう。

World Trade Center、WTC(ニューヨーク世界貿易センタービル)の跡地

 5万人の勤務者と、1日20万人の来館者でにぎわったWorld Trade Center。その中心であったツインタワーは全高528mを誇り、一時は世界一高いビルだった。それが3ヶ月前のアメリカ同時多発テロ事件によって倒壊、2,749人もの人命が奪われた。あの日、テレビで見ていた現場に、私はやってきた。
 跡地を見るための展望台が設置されていた。長い行列に並んでそこに立つと、まさに「グラウンド・ゼロ(爆心地)」が広がっていた。
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※瓦礫の撤去作業がつづいている
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※右を見る
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※左を見る
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※穴が空いている

グラウンド・ゼロ周辺

 1月3日も近くを通りかかったが、行列が長かったので並ばなかった。そのときの写真も合わせて掲載する。グラウンド・ゼロと直接関係するのかわからないけど、周辺では地下の工事もよく見かけた。地表はあらかた片付いたが、地中の混乱はまだ深そうだ。
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※並ぶ人たち
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※作業テント
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※祈りの場:人捜しの写真もあった
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※地下も工事中?
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※地下鉄は断ち切られたままだ

現場のリアリティ

 スタジオGAMBOやカウントダウンパーティでも、911の話が出た。観光客の安否を確かめるために奔走した人、バスの窓からWTCの白煙を見た人、ニュースに釘付けになった人、仕事が大変なことになった人、マンハッタンにいたけど気づかなかった人……。
 やはりマンハッタンで生活する人は強いショックを受けたようだが、語る言葉はあまり多くなかった。情報の多くは、テレビからもたらされた。その意味では、全世界の視聴者と変わりないのだ。意外とあっさりしているところが、リアルかもしれない。
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※未来はどうなるんだろう?
 これから大きな影響を受けるだろうけど、その規模や内容が想像できない。だからみんな、未来への漠然とした不安を吐露していた。これからどうなるんだろう? と。

(追記)グラウンド・ゼロとその後…

 911がどれほど大きな意味をもつか、当時はよくわかっていなかった。このテロによってブッシュ政権は支持率を挽回し、2003年にイラク戦争を開戦する。フセイン政権は崩壊したが、戦闘がゲリラ化したことでアメリカ軍は疲弊し、アメリカ一極主義が衰退する一因となる。「テロとの戦い」という言葉は全世界に定着し、入国管理や施設警備は厳しくなった。愛国法も2005年に恒常化されている。監視社会は、時代の趨勢となった。誰も想像しなかったことが起こってしまったため、「想像される最悪の事態を防ぐ」という言い回しは枷を失った。想像できないことを未然に防ぐことはできないのだから。

 あの日、世界はひっくり返った。

 その折り目が、グラウンド・ゼロだったのだと、今は思う。

2008年12月21日

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