恥ずかしながら、『坂の上の雲』はまだ読んでない。
来年からNHKスペシャルドラマがはじまるから、それを見てから読もうと思ってる。坂の上の雲ミュージアムを訪れ、さまざまな資料を目にしたことで、ストーリーはほとんどわかってしまったけど、歴史小説だからかまわないだろう。

※窓から萬翠荘が見える
行けというなら しかたがない – 秋山旅団長
第3回企画展として「秋山好古」が取り上げられていた。秋山好古は、『坂の上の雲』の主人公の1人。日本騎兵の父と称された松山出身の陸軍軍人である。「好古がみた世界」「好古と教育」「日本騎兵の父」と、3つのテーマで紹介されていたのだが、これがおもしろいのなんのって。
なんと豪快で、勤勉で、そしてユーモラスなんだろう。兄貴としてはつらいが、こんな上司のもとで働きたいね。

※館内は建物の撮影が許可されている。設計は安藤忠雄

※建物の中核をなす三角形
坂の上の雲ミュージアム
司馬遼太郎は、『坂の上の雲』が戦争賛美の作品と解釈されることを怖れ、本作の映像化・ドラマ化等の二次使用には一切許諾しなかった。坂の上の雲ミュージアムの建設は、特定の政治、思想、信条を極端に賛美しないという意図で建設が許可されている。ゆえにミュージアムを見ても、昔の日本がよかったとか、強かったという印象は抱かない。ただ、時代と民族性の不思議さに圧倒されるばかりだ。
要するにロシアはみずから負けたところが多く、
日本はその優れた計画性と敵軍のそのような
事情のために、きわどい勝利をひろいつづけた、
というのが、日露戦争であろう。戦後の日本は、この冷厳な相対関係を
国民に教えようとせず、
国民もそれを知ろうとしなかった。むしろ勝利を絶対化し、日本軍の神秘的強さを
信仰することになり、その部分において
民族的に痴呆化した。日露戦争を境とし、日本人の国民的理性が
大きく後退し、狂躁の昭和期に入る。やがて国民と国家が狂いだして
太平洋戦争をやってのけて敗北するのは、
日露戦争後わずか40年のちのことである、
敗戦が国民を理性を与え、
勝利が国民を狂気にするとすれば、
長い民族の歴史からみれば、
戦争の勝敗などというものは
まことに不思議なものである。──あとがき 司馬遼太郎

※このように連載されたのか

※明治の人は、地球儀をどう見たか?
はっきり言えることは、駆け足の授業より何十倍もおもしろい。もっと歴史を学びたくなる。小説の博物館だが、歴史を学ぶ最初のキッカケになるかもしれない。