頭を整理したくない人

2004年 社会 仕事
頭を整理したくない人

取引先のD氏と食事をした。その中で、こんな会話があった。

「伊助さんは、物事を整理するのが好きなんだねぇ」
「好きですね。物事が整理されれば、いろいろと強くなれますから」
「……そうだねぇ……」
D氏はどことなく元気がない。

「Dさんはどうなんですか?」
「……おれ? おれはいいよ。
 おれは頭を整理したくない」

──頭を整理したくない? そんな人がいるの?!

私は驚き、なぜなのか知りたくなった。
こうなると、もう止まらない。

「頭を整理したくない? なぜですか? 頭の中はいつだって整理しておいた方がいいに決まってるじゃないですか。整理すると困ることがあるんですか? 混乱してるとトクなことがあるんですか?

 あぁ、わかった!
 自分の置かれている状況を冷静に考えたくないんですね? そうなんでしょ!

 たとえるなら、霧の中をドライブしているようなものです。霧が深くて、前方や周囲が見えない。見えないから、なにも考えずに運転している。やむをえない。

 もし、霧が晴れちゃったら、まわりがよく見えてしまう。この先が崖になっていることや、周囲にはガードレールもないこと、後続の車はみんなハイウェイを降りちゃっていることなどがはっきり見えてしまう。

 見えてしまえば、対策を講じなければならない。ハンドルを切るなり、ロケットエンジンを装着するなり、やることはある。でも、それができないので、言い訳を用意しておく。

 仕事が忙しくて、さきのことを考えられなかった。
 頭が混乱していて、まったく気づかなかった。

 そう言いたいから、頭を整理したくないんですね? そうなんでしょ!」

一気にまくし立ててから、しまったと思った。

「だから、頭を整理したくないんだよッ!」
D氏は落ち込んでしまった。

ご想像のとおり、D氏はいまの職場に不安を感じている。
転職すべきとは思うものの、踏み切れずにいる。
しかも後輩たちは次々と転職してしまっている。

しばしの沈黙のあと、顔を伏せていたD氏が言った。
「でも、崖から落ちても、
 スーパーマンが助けに来てくれるかも……」
「その可能性はありませんね。整理すればわかりますよ」

「うわーん」

D氏と仕事をするのは、楽しい。