クレイジークライマー

2004年 政治・経済 仕事
クレイジークライマー

──階級を登りつめてゆく。
そんな人たちを、「ソーシャルクライマー」と呼ぶ。
ステイタス向上のためなら、手段を選ばない。犠牲もいとわない。
ひと昔前の都会には、そんなクライマーたちがあふれていた(らしい)。

今じゃもう、めっきり使われなくなったコトバだ。
なぜって、いなくなったから……。
ソーシャルクライマーは、悪として駆逐されてしまった。
唄やドラマ、CM等による撲滅運動が功を奏したようだ。

(もっと自分らしく生きよう!)
(大切なものは、いつも身近なところに……)
(もともと、特別な、OnlyOne♪)

気がつけば、みぃ~んなマイペース。
だぁ~れも無理しない。
出世なんて考えもしない。

多くを望まず、与えられたものを喜ぶ。
競争するのは悪いこと。させるのは悪いヤツ。
そして、頑張っている人には哀れみの視線を投げかける。

(なに、ホンキになってるんです? 気持ち悪いよ……)
(世の中、数字じゃないよ。ココロなんだよ……)
(魚は何匹集まっても、河の流れは変えられない……)

……まるで、ナンバーワンを目指すことが悪いみたい。
……まるで、一生懸命になるのは馬鹿みたい。
……まるで、人生のラストを観てきたような口ぶりだ。

結果として、ナンバーワンになれなくてもいい。
ナンバーワンを目指して、死力を尽くしたなら。

オンリーワンは当たり前。
だって、そこはスタート地点だもの。

たゆたゆと流されて、どこに行こうというの?
行きたくないところはあるのに、行きたいところはないの?

ソーシャルクライマーというコトバは、つまるところ、悪口だ。
ポイント稼ぎに夢中になって、大切なことを忘れた人々への蔑視が含まれている。
だから、「ソーシャルクライマーになれ」とは言わない。
しかし、「クライマーであれ」とは言いたい。

(ムキになって登って、それでどうなるの?)

「さぁね!
 おれは単なるクレイジークライマーさ!」

今日は、ちょっとムカつくことがありました。
それだけッス。

※写真は、人生の縮図。