悪魔との取引

2004年 政治・経済 仕事
悪魔との取引

──1995年(24歳)。
ある夜、17インチCRTモニタから悪魔が飛び出してきて、こう囁いた。

  《あるものを差し出せば、
   おまえの望みを叶えてやろう……》

鋭く尖った爪が、仕事に疲れた私を指さした。

当時の私は荒れていた。働くことに絶望していた。

あのころ、私は広告代理店に勤務していた。
通販カタログやコラム記事などを、企画して、取材して、執筆して、イラストを描いて、レイアウトして、入稿するという仕事をしていた。
……とてもキツイ仕事だった。
だが、それなりに充実もあった。働くことは喜びだった。

ある日、後輩Kと呑んでいるときに質問された。
「伊助さんは、給料、幾らもらってるんです?」
私は金額を答えた。
すると後輩は、ひざを揃えて、おし黙ってしまった。
「なんだよ、おまえは幾らなんだよ?」
「いえ、聞かない方がいいと思います。」
そういって、後輩は去っていった。

調べてみると、私の給料は極端に低かった。
後輩が高いのではなく、私が低かったのだ。

(あれほど悩み、考え、努力しているのに、
 適当に遊んでいるヤツより評価が低いのか!
 この手が作るものは、
 そんなにも価値がないのかッ!?)

独りで酔っぱらって、店の人にからみたい気分だった。
私はそれまで、お金に執着したことはなかった。
もちろん、欲しくても買えないものは多かったけど、我慢できた。
我慢ならなかったのは、自分の価値が低いことだった。

「いいだろうッ! 売り渡す。
 だから、望みを叶えてくれッ!!」

私はハッキリと答えた。
悪魔は取引成立を喜ぶと、モニタの中に還っていった。

──あれから10年。
悪魔は、私の望みを叶えてくれた。
今さら後悔など、あろうはずもない。
だけど、売り渡したものについて、思いを馳せる夜もある。