危険な女……

2005年 社会 医療
危険な女……

──歯医者の待合室に、3人の男女がいた。
彼女と彼女のつれあい……そして私。やがて、彼女のつれあいが呼びだされ、治療室に入っていった。広い待合室には、私と彼女の2人だけになる。

彼女は、じっと待てない性格らしい。
机の上にあった子ども向けのオモチャで遊びはじめた。ちょっと大きなバスのオモチャだ。それをガーガー動かしはじめる。婦人向けの雑誌などには目もくれない。
天真爛漫だった。

勢いづいた電車が、机の上の雑誌を落としてしまった。しかし彼女は拾おうともしない。私は一瞬、注意しようかと思ったが、やめた。彼女は危険だ。関わらない方がいい。

そして私もまた、待つのが苦手だった。
手近にあったワニのオモチャで遊びはじめる。そのとたん、
「あー! それ、あたしも持ってるよぉ!」
いきなり彼女が話しかけてきた。舌っ足らずで、大きな声。彼女は、にこーっと笑った。まったく無警戒な笑みだった。

つられて私も微笑み返したが、あわてて口をへの字に結んだ。
(誘いに乗ってはイケナイ!)
しかし彼女は私に興味をもったらしく、こっちを見つめつづけている。やがて、すっくと立った彼女が、てくてくと近づいてきた。
(ややや・やばい! く、くる……)
私は角に追いつめられたウサギだった。

「伊助さん」

受付に名前を呼ばれて、私は席を立つ。彼女を無視して、さっさと精算する。そのとき、診察室から彼女の父親が出てきた。
「パパぁ」6歳くらいの彼女が、お父さんに駆け寄って、あれこれ話し始めた。そんな親子の姿を見送りつつ、私はガラス戸を閉めた。

──子どもは怖い。
まったく無警戒に近づいてくる。以前なら適当に相手をすることもできたが、近頃はそうもいかない。ヘタに関われば、不審人物とみられかねない
断っておくが、私にその趣味はない……と書けば書くほど疑われる世の中だよね。(他人に関心をもたなければいい)という意見もあるが、他人に関心をもたないことが美徳だなんて、淋しい話だ。

歯医者からの帰り道、真っ青な空を見上げながら考えた。
(子どもを可愛がることも、叱ってやることもできないなんて、寒い時代なのかもしれない……)