逃げられない
2005年 政治・経済友人Kから相談を受けた。
K(30歳)が勤めている職場で、Kの先輩(40代後半)の給与が大幅にカットされたらしい。先輩になにか落ち度があったわけでも、仕事がひまになったわけでもない。一方的にカットされたそうだ。
この事件に、Kは激しく憤慨していた。
その先輩は、Kにとって大恩ある人物らしい。
Kは、先輩がいかに有能で、会社に必要な人材であるかを説いた。
Kの話はさらにつづいた。
「業績不振になったのは、ひとえに2代目社長が馬鹿だからだ。
無計画に事業拡大したからだ。
先輩にはなんの落ち度も責任もない。
むしろ、被害を最小限に食い止めた功労者だ。
それなのに先輩を減給するなんてヒドイ!」
……なにやら根の深そうな話だった。
「創業者である先代社長はいい人だった。」
「2代目(息子)は、その資産を食い散らかしているだけだ。」
「周囲の意見をきかない、気まぐれに行動する。」
「2代目さえいなければ、ここまで悪くならなかった。」
……話はどんどん深まっていった。
Kの相談主旨は、「この減給措置を撤回させる法律はないか?」というものだった。事前の通知がなければ、未払いとして訴えることもできるだろう。しかし、そんな訴えを起こせば解雇されることは避けられない。過去1~2ヶ月分を取り戻しても、結局は辞めることになる。
私「そんなにヒドイ状況なら、なんで先輩は辞めないんだ?」
K「そりゃ、年齢が年齢だから、再就職は難しいんだよ」
私「経験豊富なのに、市場価値がないの?
ほかでは通用しにくいスキルなの?」
K「……」
私「転職が難しいなら、労働組合を作るしかないな。
みんなで団結して、不当な賃下げに抵抗しろ。
労働者は、独りずつでは雇用者には勝てない。団結するしかない。」
K「労働組合なんて作れないよ。」
私「なら、2代目と心中だな。
先代がどういう人だったかはしらないが、状況が変わったのだ。
従業員みんなで話し合って、金を集めて、コンサルティングを雇え。
おまえが組合の代表をやるなら、知恵を貸すぞ。」
K「そんな話に応じてくれる社員はいないよ。」
私「……なんで? その先輩は、自分たちの将来像だろ?
10年もすれば、Kも、同僚たちも、先輩と同じ境遇になるだろ?」
K「うーん。
ほかに、便利な法律はないの?」
私「……これが法律だよ」
◎
──私はなにも、泣き寝入りをしろといっているわけじゃない。
また、気軽に転職できない仕事があることもわかっている。
問題の本質は、それ以前のような気もする。
気になるのはKのことだ。
Kは、先輩のことを心配している場合じゃない。圧倒的に不利な立場にあるのだ。今すぐ労働組合を結成するか、転職の準備をするべきだ。
そう指摘しても、Kは意味不明な笑みを浮かべるばかりだ。
たぶん、Kの先輩も、同じような笑みを浮かべたのだろう。