頭のスイッチを切れ
2005年 政治・経済19歳のとき、食品工場でバイトしたことがある。
それは、ものすごーく単調な仕事だった。
工場は機械化されているから、人間は「機械にできないコトをする」と思うだろうが、実際には違う。「まだ機械化されていない部分を人間がつないでいる」にすぎない。
たとえば、ベルトコンベアAとBのあいだを往復するとか、いっぱいになったバケツを交換するとか……。そんな仕事が1日中つづく。
あまりの単調さに、気が狂いそうになる。
ヘコんでいる私に、先輩がアドバイスをくれた。
「考えちゃ駄目だ。頭の中を空っぽにして、機械と一体になるんだ」
……確かにそうだ。
(なんでこんな仕事が必要なんだろう)とか、
(効率化させる方法はないのか)とか、
(いつになったら終わるんだろう)とか、考えちゃ駄目だ。
考えても解決しない。ただ苦しむだけだ。だから考えない。
思考を停止して、知覚→判断→操作を繰り返せばいい。
それは、1つの悟りのように思えた。
先輩方や工場の社員たちは、みな悟りを開いていた。
チャイムが鳴ると機械になって、ふたたびチャイムが鳴ると人間に戻る。
……正直、私は怖かった。
◎
工場で働く人を揶揄するつもりはない。同じような例はどこにでもある。
言われたとおりに穴を掘って、また埋めるだけ。
なにがしたいのか、どこに行きたいのか、さっぱりわからない。
なにを提案しても、ちっとも変わらない。
意義の感じられない仕事(作業)に、窒息しそうになる。
すると、また誰かがアドバイスをくれる。
「考えちゃ駄目だ」
スイッチのように、機械と人間を切り替えられるならいい。
機械になれば、悩みも苦しみもない。
機械にならなきゃ、やってられない場面もある。
しかし……ふたたび人間に戻れるだろうか?
思考のスイッチが切れたまま、入らなくなったら?
ちょっと困難があると、勝手にスイッチが切れちゃうクセがついたら?
自分の意志ではなく、状況によってスイッチが切らされているとしたら?
あるいはもう、すでに……?
誰か、私の頭蓋を開いて、スイッチが入っているか確かめてください。