S氏が持てあます日常
2005年 哲学今夜はS氏と呑んできた。
S氏は42歳。2年ほど前まで我が社に勤めていた人物である。
とある事情から、資産収入が支出を上回ったため、退職して、引退生活に入った。
──40歳で引退。
なかなか聞かない話である。
そのS氏が呑みたいと連絡してきた。なにか悩みがあるそうだ。
「ヒマなんすよ」とS氏は言った。
夫婦ともに働いていない。毎日毎日、遊んで暮らしている。
1年目は、子供の相手をするのが楽しかった。
2年目は、株式投資でしびれる思いをした。
3年目に入って、やることがなくなったという。
「それなら、旅行に行けばいいじゃない」
しかしS氏は首を振った。
出不精だし、旅行を計画すること自体が面倒らしい。
「だったら、どこかに勤めてみては?」
しかしS氏は首を振った。
今さら、誰かに使われる気はないそうだ。
「なら起業すればいい!」
しかしS氏は首を振った。
自分はあくまでナンバー2。リーダーを張るのは性に合わない。
「ボランティア活動はどう? 野鳥観察とか?」
しかしS氏は首を振った。
お金に困ってはいないものの、無償でなにかをする気はないそうだ。
「じゃ、文章を書いてみたら? あるいはカメラとか!」
しかしS氏は首を振った。
そうした趣味は持ち合わせていないそうだ。
◎
S氏はモットーは「最小の手数で、最大の効果」。
徹底的に無駄を省き、バクチを避け、熱くならず、欲を出さず、ひたすらクールに生きてきた。その甲斐あって、一足お先に「あがり」となった。
いったい、なにが不満なのか?
そして、私にどうしろと言うのか?
「伊助さんなら、おもしろい話があると思って来たんですよ。
なんか、あるんでしょ。ビジネスのネタが。
おれ、手伝いますよ。なんでもしますよ!」
私がどう答えたかは伏せておこう。
ちなみに写真は、この話を聞いたときの私の気持ちである。