無垢を崇めるな

2005年 哲学
無垢を崇めるな

──とある夏の昼下がり。

私は友人と、ショッピングモールに訪れていた。その屋上駐車場に、プールがあった。
プールと言っても、円筒型のゴムプールだ。
本格的な広さはないが、十人くらいは入れる中型サイズだった。子どもたちを預かることで、親たちの買い物をスムースにさせようという企画らしい。係員のおばさんがいて、小さな女の子が2人、きゃっきゃっと水遊びをしていた

水がかからないように通り抜けて、涼しい店内にはいる。
直射日光が遮られて、視界が一瞬、暗くなる。やはり蛍光灯は日光にはかなわない。が、すぐに目は慣れて、汗も引いていった。モール内はじつに快適だった。

私の後ろを歩いていた友人が、ぼそりと呟いた。
最近、子どもがめっちゃ可愛く見えるんだよね。」
私は適当に相づちを打った。
「ドキドキするとか、ハァハァしなけりゃ、問題ないだろ」
友人は答えた。
「いや、そーゆーんじゃなくて。
 子どもって、スゴイなぁと思うんだ。
 あんなに小さいのに、生命力に満ちあふれてて……」
ふりむくと、友人は外のプールを見ていた。

たしかに、この対比は強烈だった。
太陽と水……元気に遊ぶ子どもたち……活力に満ちた外界。
蛍光灯とエアコン……しょぼくれた大人たち……効率重視の室内。
それらが、ガラス戸を挟んで向き合っていたのだ。
どうしても、子どもたちを見る目が細くなってしまう。比喩ではなく、リアルにまぶしいからだ。

エスカレータを降りながら、私は少し不安になった。
「いや、私たちも生きている。
 これからプールに行くこともできる。
 子どもは大切だけど、崇拝しちゃイカン」
「……」
「子どもには可能性がある。なんにだってなれる。
 比べると大人は、可能性を消耗した抜け殻に見える。
 だが、子どもは子どもだ。
 子どもは、大人になるから価値があるんだよ。
 可能性に価値があるわけじゃない。」
「……」
「あの娘たちだって、どんな大人になるかわからない。
 何者でもない無垢を崇拝するのはおかしいだろ。」
「……」

私は少し不安になった。

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