あなたの知らない作法
2005年 社会京都では、早く帰ってほしい客に「お茶漬けでもいかがどすえ?」と言うそうだ。
※未検証
もちろん、本気でお茶漬けをふるまうつもりはなく、「早くカエレ!」という意志をやんわり表現しているわけだ。ここで客は、
「おかまいなく。長居してしまったので、おいとまします。」
と答えるのが作法となるらしい。※真偽は未検証
◎
この話を聞いたとき、私はぞっとした。
そんな作法があるとは知らなかったし、まったく連想できなかったからだ。さいわい、京都人の家でお茶漬けを勧められたことはないが、知らずにいれば、
「あぁ、いいですね。いただきます。 うまー♪」
とか言って、不興を買っていただろう。
世の中、自分が知っていることがすべてじゃない。
あなたの知らない作法がある。
それは、考えれば考えるほど怖くなる話だった。
たとえば九州人の家で、「お煎餅でもどうです?」と聞かれたとする。
一瞬、返答に迷う。
(もしかして九州では、「お煎餅をどうぞ」は「カエレ」の意味かも?)
「今度、映画を観に行こうよ。」と、女性に声をかける。
「いいね。いつかね♪」と、彼女はにっこり微笑む。
だが、待てど暮らせど音沙汰がない。
(ひょっとして東北では、「いつか」は「いやよ」の意味かも?)
彼女の部屋で楽しいひとときを過ごす。
「そうだ、チーズケーキを焼いたんだけど、食べる?」
「あ、い、いや、いえ、けけけ、けっこうです。もう帰ります!」
と言って彼女の家を飛び出す。
帰りの電車の中、つり革につかまりながら考える。
(彼女はどこ出身だったっけ? チーズケーキはなんの暗号だろう?)
◎
考えれば考えるほど、ドツボにはまる。
そんなつもりはないのに、相手を傷つけたり、誤解されてしまう。よかれと思ったことが裏目に出る。かといって裏目を狙うと、裏の作法が適用されて、わけのわからぬ展開になる。
さらには、相手も同じように悩んでいて、思わぬ行動をしてしまうこともある。
「伊助さんは考えすぎだよ。頭を空っぽにすれば、うまく行くよ♪」
と、アドバイスしてくれる人もいる。
だがそれは、「心を無にしろ!」という助言に等しい。
そんなの無理だよ。
コミュニケーションは本当に難しい。
難しいと思えば思うほど、難しい。