だれかのもの

2006年 生活
だれかのもの

高校2年(1988年)の文化祭で、こんなことがあった。

ふらりと立ち寄った教室で、イベントが開催されいてた。
「ねるとん紅鯨団」のような告白ゲームだったと思う。よくわからんが、司会の男子生徒が女子生徒にインタビューしているところだった。

「好きな人はいますかー?」
という軽薄な質問に対して、彼女はすらっと答えた。
「はい、います♪」
教室内の生徒や客たちが、一斉にどよめく。私も面食らった。

最近はどうだか知らないが、若者の恋は秘めるものだ。交際相手のことは、親友にも話さない。だから彼女が、ほぼ公衆の面前といえる状況で告白(というより宣言)したのは、かなり衝撃的だった。

そして、私の中に不思議な感情が芽生えた
彼女が可愛く見えはじめたのだ。

この告白(宣言)によって、なにが変わったのか?
彼女はだれかの所有物であると、みんなが認識したのだ。
彼女を好きな男子があの場にいたら、そーとーガッカリしただろう。だが、彼女をなんとも思っていない私は、むしろ逆に好意を寄せはじめていた。なぜだろう?

(他人の所有物になったことで、欲求が刺激されたのか?)
最初はそう思ったが、ちょっとちがう。好意ではない。
これは嫉妬だ。相手の男ではなく、彼女への嫉妬なのだ

私は、何者にも自分を捧げることはできない。
信じる神も、憧れのアイドルも、尊敬する師匠もいない。
だれに自分の身をゆだねるなんて、考えられない。

ゆえに、彼女がうらやましい。
彼女のようになりたいと思うが、なれっこないとも思う。
だれかのものになりたい。だれかのものになりたくない。

「私は1人。これが、1人ということ……」

学校のトイレでタイルを見ながら、そんなことを考えてしまう17歳の秋だった。

ページ先頭へ