手段と目的

2006年 政治・経済 仕事
手段と目的

「なんのために働くの?」

その問いが投げかけられたのは、1998年のある夜のことだった。
当時、私は28歳。
同年齢のF氏、T氏と呑んでいたときのことだった。

私とF氏は派遣社員。T氏は業務委託の出向社員。
3人とも正社員じゃない。しかし正社員の誰よりも働いた。昼も夜も休日もなく頑張って、会社の利益を高めるよう尽力した。
あのころ私たちは、正社員より会社のことを考えていると自負していた。

派遣社員とは、要するに道具だ
つまるところ、トンカチやドライバーの仲間である。
正社員のためにレンタルされた道具だから、失敗すればポイだし、成功しても出世するわけじゃない。正社員よりも安価で、使いやすい道具であることが、私たちの本質だった。
私たち3人は、まさに忠実な道具だったと思う。

仕事をするしか能がない私たちにも、自分の意志はある。
怠惰な正社員を罵りながらも働くためには、それなりの理由が必要だった。
「なんのために働くの?」
仕事が終わって3人で呑んだ夜に、誰かがそう訊ねた。

私は「カネのため」と答えた。
F氏は「名誉のため」と答えた。
T氏は「評価のため」と答えた。

詳しいことは省くが、3人とも、そう言うだけの背景があった。
3人とも、“いまの自分にないもの”を手に入れいるために働いていた。

おもしろいことに、「仕事が好きだから」という答えはなかった。
仕事人間と呼ばれた私たちでさえ、仕事は手段であって、目的じゃなかった。3人とも、本当にやりたい仕事は別のところにあると考えていた。

そして、3人とも巣立っていった。

──あれから8年。
F氏、T氏は、今どこで、なにをしているだろう?

あのころ欲しがったものは、手に入れられただろうか。