自分を守るものが自分をふさぐ

2007年 政治・経済 アニメ 考え事
自分を守るものが自分をふさぐ

最近、アニメや邦画の本数が増えたね。

その背景には、制作委員会方式の普及がある。
制作委員会(方式)は、アニメや映画といった娯楽作品を作る際のリスクを分散させる手法のこと。「○×制作委員会」とか「△☆プロジェクト」といったクレジットがそれだ。

たとえば私が映画を撮るとしよう。
その製作費を銀行から借りると、興業が不調に終わったときは莫大な借金を抱えることになる。そこで複数の会社にプレゼンして、出資を募る。利益が出たら、出資比率に応じて分配する。これが制作委員会方式である。

この方式のおかげで、大量の娯楽作品が供給されるようになった。
出資者(スポンサー)は多くの作品に分散投資できるので、製作費を融通しやすくなった。素晴らしい作品を作れる制作会社が、1回の失敗で倒産することもなくなった。著作権の運用(放送権、ライセンス供与)もスムースになり、さまざまな商品展開が可能になった。

──しかし物事にはよい面と悪い面がある。
下請けの視点で考えてみよう。

制作委員会があれば、失敗したときのリスクを回避できる。
しかし映画が大ヒットしても、下請けは作業した分しかもらえない。DVDが再販されようと、海外展開しようと、儲けは上流で分配され、下流には落ちてこない。

また、前衛的・芸術的な作品は作りづらくなる。
制作委員会方式では収益の確保が最優先される。正体不明な新作より、すでにファンがいる原作の映像化や続編、スピンアウトものが望ましい。複数のスポンサーが関与するので、誰もが納得できる、よくあるパーツを詰め込んだ、大衆受け路線になるだろう。

そして下請けは、下請けの世界に閉じこめられる。
資金集めや権利運用といった上流工程を学べないので、いつまでもオリジナル作品を世に出せなくなる。あやふやな指示に追われ、新しい技術に追われ、海外の安価な労働力に追われる。それは会社が破綻するまでつづく。

制作委員会方式は、下請けを守る「盾」であると同時に、可能性を封じる「蓋」でもあるわけだ。

制作委員会方式=悪ではない。物事にはよい面と悪い面がある。
問題は、自分がどっちに属しているかだ。

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2012/01/28 * 娯楽