朝青龍の引退 / 品格と国際社会

2010年 社会 スポーツ テレビを消そう
朝青龍の引退 / 品格と国際社会

チャンネルを変えたら、NHKで朝青龍の引退が取り上げられていた。

「引退させるのは惜しいが、度重なる警告にもかかわらず態度を改められなかった朝青龍の自業自得」とするスタンスと、「外国人である朝青龍に、明文化できない『品格』を求めるのは、無理があったのではないか」とするスタンスで対談していた。
まぁ、対談だから、スタンスが異なるのはかまわない。最後は、「同様の問題を繰り返さないためにどうしたらいいか?」という問いかけでまとめられていた。
こんな特集が組まれるのは、朝青龍の引退をどう解釈するかで世間が揺れているからだろう。実際、モンゴルでは反日感情が高まり、中韓も朝青龍を擁護する論調が強い。信じられないことだが、国際問題に発展する可能性も出てきた。

私個人の意見を言えば、朝青龍の引退は不思議じゃない。日本人の価値観では、強者にこそ品格が求められる。ほかのスポーツならいざ知らず、国技と位置づけられる相撲においては、ルールより品格が優先されるのは当然だ

では、品格とはなんなのか? 品格のあるなしを分ける基準はなにか?

言葉にすると、意味がないことに気づく。品格とは、ルール化できない道徳観念のことだ。「ルールさえ守れば、なにをしてもいい」とか「強ければ、すべてが許される」といった合法的暴力を抑制するために、日本人は品格を大切にしてきたと思う。

問題は、「品格」などという曖昧なものは、国際社会では通用しないってことだ。
国際社会で通じるのは、ルールと暴力だけ(正しくは、暴力だけ)。その視点で見ると、朝青龍の引退は、まぁ、日本人の外国人排斥に見えなくもない。日本で成功した外国人力士がいることや、日本人力士にも品格が求められることが無視されるのは、日本の国力が衰えた証拠だ。相手が弱っているときに叩くのも、国際社会の常識だ。


まぁ、昨今は日本人も品格を失いかけている。
「そんなルールがどこにあるんだよ?」
「ちゃんと結果は出してるだろ!」
といったセリフは、日常的に聞かれる。ルールと暴力しか通じない日本人が増えたってわけだ。

だからこそ、相撲の世界には品格が残ってほしい。
強い力士は、礼節をわきまえた人格者であってほしい。

まぁ、今回の件で親方や理事会が辞任しないところを見ると、望み薄かもしれないが。


朝青国際問題に、兄達が反日感情あおる
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