カフカの階段に学ぶこと

2010年 政治・経済 孤独 社会
カフカの階段に学ぶこと

もうちょっと、貧困対策の話をする。

「たとえてみると、ここに2人の男がいて、一人は低い階段を5段ゆっくり昇っていくのに、別の男は1段だけ、しかし少なくとも彼自身にとっては先の5段を合わせたのと同じ高さを、一気によじあがろうとしているようなものです。 先の男は、その5段ばかりか、さらに100段、1000段と着実に昇りつめていくでしょう。そして振幅の大きい、きわめて多難な人生を実現することでしょう。しかしその間に昇った階段の一つ一つは、彼にとってはたいしたことではない。ところがもう一人の男にとっては、あの1段は、険しい、全力を尽くしても登り切ることのできない階段であり、それを乗り越えられないことはもちろん、そもそもそれに取っつくことさえ不可能なのです。意義の度合いがまるでちがうのです。」
カフカ「父への手紙」

この手紙は結婚について語っているのだが、自身が日雇い労働者でもある生田武志氏は、極限の貧困を表現できることに着目、「反貧困2008フェスタ」の講演資料に用いた。
わかりやすい資料なので、一読をオススメしたい。

極限の貧困をどう伝えるか・講演資料
※残念ながらPDFがリンク切れ、ブラウザで読まれたし。

カフカの階段(貧困からの脱出)

ホームレスになってゆくプロセスは、小さな段差の階段を一つ一つ降りてゆくようなもの。しかしひとたびホームレスになってしまうと、そこから復帰するには「ものすごい段差の階段を、一気に1段だけのぼる」ようなもの(要するに「壁」で、ほとんど不可能)。

落ちていくときはゆっくり、1段ずつ

6.ふつうに仕事があって、家もある
↓5.仕事がなくなった
↓4.家族がなくなった(縁が切れた)
↓3.住居かなくなった
↓2.金銭がなくなった
↓1.野宿(ホームレス)

這い上がるときは6段を一気に

↑6.資格・技術がないと、低賃金の仕事しかない。
↑5.保証人がいないと、アパートなどに入居できない。
↑4.住居がないと、ハローワークが相手にしてくれない
↑3.就職できても、給料日までの生活費がない。
↑2.福祉事務所に追い返され、再建の道筋が立たない。
↑1.野宿(ホームレス)

転落を防ぐセーフティネットはあるが、這い上がるための階段(失業者対策)は整備が遅れている。ゆっくり落ちていって、もう出られないのは、なにかの罠のようだ。

ホームレスは「多重債務」ならぬ「多重排除」状態にあるため、自分と社会への信頼が失われている。そのため、自暴自棄になったり、手をさしのべられても拒むようになる。
死に至る病──それは絶望である。
その精神状態は、健全な生活を送れている人が想像するのは難しい。

さて、自分自身を振り返ってみたい。
私もかつてはヒキコモリであり、2度も解雇されている(首ちょんぱ)。しかし家族や住居を失う前に、人の縁が救ってくれた。だけど今後もずっと親が生きていて、弟や妹と連絡できて、嫁が元気で、友だちがいるとはかぎらない。

落ちていくときはゆっくりなので、「このくらいの後退は、いつでも取り戻せる」と考える。それはちょっとした変化かもしれない。手取りが減ったり、仕事がきつくなったり、周囲が冷淡になったり......。
しかし失ったものを、以前の状態に戻すことは難しい。たとえ戻せるとしても、いやな上司と復縁したいと思う人はいないだろう。傷が元通りになることはない。一度後退したら、どんどん後退していく。これもデフレの影響か。

イス取りゲームのイスが減ってきている。以前はゆったり座っていたイスが、最近は小さく、居心地が悪くなっているだろう。落ちるときはゆっくりなのだ。

若いころは復帰できたが、今後も同じことができるとはかぎらない。
だからイスにしがみつけばいいのか?
それとも、新しいイスに飛び移る準備をすべきか?
それがわかれば、苦労はしない。

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