[報道・教養] クローズアップ現代 アニメを旅する若者たち "聖地巡礼"の舞台裏 / オタクの均質化

2012年 娯楽 アニメ オタク文化 報道・教養
[報道・教養] クローズアップ現代 アニメを旅する若者たち "聖地巡礼"の舞台裏 / オタクの均質化

 クローズアップ現代「アニメを旅する若者たち "聖地巡礼"の舞台裏」を見た。

 知らない人は知らないが、知ってる人は知っている「聖地巡礼」。むかしは「R県」とか「某市」など、意図的に舞台をぼかす演出が多かったが、いつのころからか実在の都市を精緻に描くようになった。私の記憶では、『おねがいティーチャー』(2002)が着眼して、『らき☆すた』(2007)が火を付けたように思う。
 番組の紹介によれば、架空の町並みをデザインするためを省くためらしいが、そうではないだろう。アニメの宣伝効果が見なおされているのだ。
 最近は、意図的に「聖地」を作る試みがされているようだ。つまり地方自治体がタイアップして、アニメの中で特産物などを紹介しているわけだが、露骨すぎるとファンが離れてしまうので、さじ加減が難しい。

 番組を見ていて、ふと気づいた。
(こいつらは、どうやって知ったんだ?)
 ひと昔前なら、「聖地巡礼」のようなオタク趣味はかぎられた人しか知らなかった。まれに雑誌や同人誌で紹介されても、伝わる範囲は狭かった。
 だが今は、インターネットがある。
 「聖地」がどこにあって、どの角度から描画されたか。日に何本のバスが出ていて、実際に訪れた人がどんな感想を抱いたか。その気になれば1分で見つけられる。おまけに、いっしょに行ってくれる同好の士も、コミュニティなどで見つけられる。実際、聖地で初顔合わせしたファンもいるだろう。すごい時代になったもんだ。

 「聖地巡礼」を楽しむオタクは増えたが、オタクの平均的なキャパシティは変わっていないだろう。1人のオタクでは気づかない、調べられない、実行できないことを、みんなで分散処理している。インターネットを通じて、オタクが巨大な生物になっているような感じがする。

 いいことばかりじゃない。情報共有によって、オタクの均質化が進んでいるようにも見える。みんなで同じものを見て、同じ考察に触れているから、同じ考え方になるのも無理はない。「聖地巡礼」がブームになったのも、それがゆえんであろう。
 ある程度の規模に達したから、企業や自治体が無視できなくなり、NHKでも特集された。しかしオタクとは、そもそも規格外の趣味である。オタクが均質化するなんて、おかしな話だ。

 Stand Alone Complex──。

 未来はすぐそこだ。