私が出会った6人のミス・マープル

2013年 娯楽 娯楽 考察
私が出会った6人のミス・マープル

 『ミス・マープル』の映像作品をいろいろ見たので、総括的な感想を記録しておく。

ミス・マープル

 ミス・マープルは、言わずと知れたアガサ・クリスティが生んだ名探偵。12の長編と20の短編がある。温和で、おしゃべり好きなおばあちゃんだが、その内に鋭い観察眼と、怜悧な推理力を秘めている。人の話を聞いただけで真相を言い当てる安楽椅子探偵の代表格だが、長編ではふつうの探偵と同じく現地へ赴くし、大胆な行動をすることもしばしば。「火曜クラブ」しか読んでなかったから、ギャップに戸惑った。

素人探偵の限界と魅力

 マープルさんは職業探偵じゃないから、毎度毎度、事件に首を突っ込む理由が設定される。「関係者に相談された」「身内が巻き込まれた」「個人的に興味をおぼえた」の組み合わせだが、繰り返されると奇妙に思えてくる。
 なぜマープルは事件に関わるのか? マープルさんは悪徳の栄えを嫌悪し、自分の生活圏を守ると決めているが、それだけとは思えない。恋人と結ばれなかったこと、卓越した才能を持ちながらそれを発揮する場に恵まれなかったことが、突出した正義感の背景にあると思うのは考えすぎか。


※マープルのシンボル

 まぁ、こうやって事件への関わり方が工夫されるところも、ミス・マープルの魅力のひとつだ。

 これまで6人の女優が演じるマープルさんを見てきたが、同じエピソードでも、女優や演出が異なると別の作品になる。見比べることで理解も深まった。嫁と話していてややこしくなったので、書き出してみる。

1984-1992年 ジョーン・ヒクソン (Joan Hickson)


Joan Hickson (1906-1998)

油断ならないネメシス

吹き替え:山岡久乃、作品:ドラマ12本

 私が最初に見たマープルさん。ヒクソンは生前クリスティに「年を経た暁には、ミス・マープルを演じて欲しい」と言われた逸話があるだけに、ミス・マープルと言えばヒクソン版のイメージが定着している。
 ヒクソンのマープルさんは地味だ。地味だから関係者も口を滑らせる。地味だから明瞭な推理がきわだつ。理にかなっているけど、本当に地味なのよ。最初はもどかしく思ったが、いろんなミステリーを見たあとだと味わい深い。
 マープルさんは犯人の事情や苦悩を見透かしながら、いっさい同情しない。憎しも、あわれみもなく、真相を暴く。時計の針のように揺るぎない。正直、おっかない人物だ。

  • 書斎の死体 ... じらして、じらして、肩すかし。
  • 動く指 ... 思い込みは怖い。惑わされないマープルさんも怖い。
  • 予告殺人 ... 犯人は観客を求めたのに、探偵が来てしまった悲劇。
  • ポケットにライ麦を ... 場合によっては言葉だけで信じるのか。
  • 牧師館の殺人 ... 謎解きがあっけなさすぎる。
  • スリーピング・マーダー ... 人を信じないと断言しちゃうところが怖い。
  • バートラム・ホテルにて ... 同時進行の事件が多すぎた。
  • 復讐の女神 ... 委ねられた裁きを着実に実行した。
  • パディントン発4時50分 ... 友人の目撃証言だけでここまでやるのか。
  • カリブ海の秘密 ... ラフィール氏の興奮に興奮する。
  • 魔術の殺人 ... 本当に実行可能? 釈然としない。
  • 鏡は横にひび割れて ... 探偵は間違えないという思い込み。

1980年 アンジェラ・ランズベリー (Angela Lansbury)


Angela Lansbury (1925-)

きつい印象

吹き替え:高橋和枝、作品:クリスタル殺人事件 (鏡や横にひび割れて)

 ヒクソン版より前に制作された大作映画。エリザベス・テイラーの存在感がすさまじいが、ランズベリーも負けてない。2体の怪物が見えない火花を散らして激突し、引き分けた感じ。本作の4年後、ヒクソンの『ミス・マープル』と同時に『ジェシカおばさんの事件簿』が制作された。だからというわけじゃないが、やっぱり別のキャラクターに見える。ジェシカおばさんも悪くないが、マープルさんのような孤独はないんだよね。

2004-2008年 ジェラルディン・マクイーワン (Geraldine McEwan)


Geraldine McEwan (1946-)

華やかで親しみやすい

吹き替え:岸田今日子(シーズン1)、草笛光子(シーズン2,3)、作品:ドラマ12本

 ヒクソン版から20年を経て制作された2回目のテレビシリーズ。ヒクソン版が正統派を極めてしまったので、犯人やトリックを変えている。「愛」がテーマになることも多い。まぁ、現代人向け。
 マクイーワンのマープルさんは華がある。情熱的に恋した過去が描かれたり、犯人に同情したり、人間味も豊かになった。原作のイメージから乖離するが、私は好印象。ヒクソンのマープルさんが表情を変えずに首をもぎ取っちゃうとすれば、マクイーワンさんは涙を浮かべつつ首を刎ねてくれる。そんな感じ。
 岸田今日子が他界したため、シーズン2から草笛光子が吹き替えている。まったく印象が異なるが、どちらもハマってる。不思議だ。
 ★印はミス・マープル以外のクリスティ作品を原作にしたエピソード。

  • S1-01 書斎の死体 ... 犯行の動機が「愛」になり、ヒクソン版とのちがいが強調された。
  • S1-02 牧師館の殺人 ... マープルさんの若いころのエピソードが追加。
  • S1-03 パディントン発4時50分 ... 細かなところが派手になってる。
  • S1-04 予告殺人 ... マープルさんが犯人に同情するなんてびっくり。
  • S2-01 スリーピング・マーダー ... 恋愛要素でドラマを盛り上げた。
  • S2-02 動く指 ... ドラマ要素が強くなりすぎて、トリックの魅力が損なわれた。
  • S2-03 ★親指のうずき ... マープルさんの立ち位置がおかしい。
  • S2-04 ★シタフォードの謎 ... スジは通っているけど、なんかちがう感じ。
  • S3-01 バートラム・ホテルにて ... 新旧ジェーンのコンビが鮮烈な印象を残す。
  • S3-02 ★無実はさいなむ ... うまい具合にからめている。おもしろい。
  • S3-03 ★ゼロ時間へ ... ラフィール氏と印象が重なる。弱い。
  • S3-04 復讐の女神 ... 改変しすぎて原型を留めていない。

2009年- ジュリア・マッケンジー (Julia McKenzie)


Julia McKenzie (1941-)

でしゃばり

吹き替え:藤田弓子、作品:ドラマ11本-

 シーズン4からジュリア・マッケンジーに変更。これまた佇まいが異なる。マクイーワンのような華やかさはないが、ヒクソンほど冷たくもない。中庸といえば中庸、半端といえば半端。大した理由なく事件に首を突っ込み、それが当然のように扱われるため、私は苦手。
 こうした印象は、シリーズでないエピソード(本来マープルさんが登場しない物語に割りこませる)が増えたためでもある。原作にいない人物が介入するのだから、二重に無理があるのだ。まぁ、素人探偵をシリーズ化すれば避けられない問題といえる。

  • S4-01 ポケットにライ麦を ... ラストはナイスアイデア!
  • S4-02 ★殺人は容易だ ... そこまで踏み込んでいいのか?
  • S4-03 魔術の殺人 ... 愛憎が強調されて馬鹿に見えてしまう。
  • S4-04 ★なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? ... 乗り込むのは強引すぎ。
  • S5-01 ★蒼ざめた馬 ... 見事な翻案。マッケンジー版でベストかも。
  • S5-02 ★チムニーズ館の秘密 ... 犯人がわかってから見ると緊張感が増す。
  • S5-03 青いゼラニウム ... 真犯人はひねりすぎだが、妹の狂気はこわかった。
  • S5-04 鏡は横にひび割れて ... マリーナの傲慢さが目立って、同情できなくなった。
  • S6-01 A Caribbean Mystery ... 未見。
  • S6-02 Greenshaw's Folly ... 未見。
  • S6-03 Endless Night ... 未見。

1961-1964年 マーガレット・ラザフォード (Margaret Rutherford)


Margaret Rutherford (1892 - 1972)

大胆なアレンジ

作品:『ミス・マープル/夜行特急の殺人 (パディントン発4時50分)』、ほか3本

 初の映画化だが、大胆なアレンジに驚いた。マープルさん自身が事件を目撃して、メイドとして雇われ、肉体労働をこなしながら、事件を解決して、さらにラザフォード邸のしこりまでほぐしてしまうのだ。クリスティ本人は気に入らなかったそうだが、まぁ、無理もない。
 だが、ラザフォードのマープルさんは魅力的だ。がっしりした体躯に、ぎょろりとした目。辛辣な物言い。子どもと老人に好かれる人徳。もうね、たまりませんよ。いろんなマープルさんを見たあとはとても新鮮だった。クリスティも、いま見れば気に入ると思うよ。

2004-2005年 NHKアニメ アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル

理想型だが

キャラクターデザイン:一石小百合、吹き替え:八千草薫、作品:アニメ39本(13本)

 ポワロとマープルを原作にしているが、両者が出会うことはない。ミス・マープルは短編5本、長編2本(8回)がアニメ化された。エピソードはわかりやすく整理されているが、今ひとつ印象に残らない。
 最大の難点は有名芸能人が多く吹替えしていること。ヘタクソすぎて腹が立つ。「しゃべるな!」と何度も突っ込んだ。メイベル(折笠富美子)は本職なので上手だが、立ち位置がよくない。16歳で探偵になりたいと家を飛び出し、どこへ行くにもアヒルを連れていくって、ふざけすぎだろう。
 悪くないが、よくもない。まぁ、尖った演出を仕掛ける作品じゃないので、驚く発見を期待するのは酷だろう。

  • #03 風変わりな遺言 ... 対象の思考を追うのはいいね。
  • #04 申し分のないメイド ... 入れ替わりトリック。
  • #13 巻尺殺人事件 ... 直球かな。
  • #15 青いゼラニウム ... 淡々とした印象。
  • #21-24 パディントン発4時50分 (全4回) ... メイベルが仕事をした。
  • #27 動機と機会 ... これまたあっさり。
  • #30-33 スリーピングマーダー (全4回) ... メッセージ性が弱い。

その他

 ほかにもヘレン・ヘイズ、バーバラ・マレン、ダルシー・グレイが演じた作品もあるそうだが、見ていない。マープルさんを日本人女性に置き換えた馬淵淳子(演:岸田恵子)というテレビドラマがあったそうだが、これも未見。世の中、知らない作品が多い。

 いつか見る機会があったら、この日記を書き足そう。

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2012/01/28 * 娯楽