[日記2004年10月15日(金)に思った娯楽のこと

時よとまれ、おまえは美しい

物欲
更新日:2009年03月22日(日) 01:52 [Edit]
時よとまれ、おまえは美しい

放っておくと、なにもかも移り変わっていく。
現れては消えて、消えては現れる。
消え去ったものについて考えるゆとりさえない。
今ここにあるものさえも、虚ろに見えてしまう。

──欲しくても、買えなかったオモチャ。
我慢していると、店頭から消えてしまう。
買えなかったことよりも、消えてしまったことの方がショックだった。
と同時に、周囲の友達たちの興味も消え失せている。
(あれほど騒いでいたのに、あの熱狂はなんだったんだ?)
みんなはもう、新番組の主人公に夢中だ。

──欲しかったオモチャを、裕福な友達がもっていた。
すごくうらやましかった。でも持ち主の関心はそこにない。
食べ飽きたお菓子を差し出すように、友達はそれを私にくれた。
嬉しさとともに、憤りがわき起こる。
(だれも買えなかったのに、あんなに自慢していたのに)
そのオモチャも、今はもう手許にない。

──手に入れたオモチャはひたすら大切にした。
すると、どんどん周囲が遠ざかっていった。
みんなは次々とオモチャを乗り換えていく。ものすごい速さで。
いつまでも古いオモチャにしがみつく私は、奇異な目で見られていく。
(でも、こいつが好きなんだ。それは変わらないんだ!)
そう思いつつも、実はみんなのオモチャにも憧れていた。

私のオモチャ箱では、「時間」と「思い出」がせめぎ合っている。
「時間」は、オモチャたちを忘却の彼方に押しやっていく。
「思い出」は、これをつなぎ止め、抵抗を試みる。
──戦いはいつも、「時間」の勝利に終わる。

オトナになって経済力がついても、この構図は変わらない。
たくさん買えば、たくさん消えていく。
たくさん買うために、たくさん消していく。
現実のオモチャ箱は大きくできても、心のオモチャ箱には限界がある。
──同時にたくさんのものは愛せない。

オモチャを棄てるとき、それと一緒に遊んでいた自分も棄てるような気がする。
やるせない気持ちになる。でも棄てる。
棄てても心が揺れないように、バランスを保つ。
オトナになって、だんだん痛みも消えていく。鈍っていく。
──不器用だった自分を棄ててしまったような気がする。

流れに逆らいたい。
  痛みを感じないよう、順応したい。
痛みを感じても、逆らいたい。
  逆らいつつも、順応したい。

※写真は量販店の通信機器売り場で撮影したものです。
※吊られているトロは、私の所有物ではありません。