我慢サセルナ/我慢シタイ

2005年 哲学 我慢
我慢サセルナ/我慢シタイ

我慢サセルナ

昨日の日記をフォローしておく。
我慢スルナ、我慢サセロと書いたけど、リアルはもうちょっと複雑。
たとえば仕事を頼むとき、言葉どおりに我慢させてはらない。
好きでない仕事は、絶対にミスが出る。
しかも、ミスに気づきにくく、対応も出遅れる。
つまり、我慢させた方が損失になるのだ。

では、どうするか?
本来の意味の我慢をさせればいい。
つまり、思い上がってもらう。この仕事には自分が必要で、自分がもっとも得意としていると感じてもらう。
少なくとも、そう思わせることが、私の仕事だと思っている。

これには、絶対的な信念が不可欠であろう。
そわそわしている人に、ついていくのは難しい。

我慢シタイ

あれこれ偉そうなことを書いたけど、ホントは迷っている。
今やっていることは正しいのか? ねらいどおりに展開するのか?
そう思いこんでいるだけで、停滞してるんじゃないのか?

目標は見えている。夜空にまたたく星のように……。
だけど、近づいているかどうかがわからない。
あとどれだけ歩けば、手が届くのか。
もしかしたら、一生届かないのではないか?

負けて得るものなど、ありはしない。
いろんなものを賭けている。他人の人生(の一部)まで。
絶対に勝たねばならない。

我慢すれば勝てるなら、いくらでも我慢する。
だから、この我慢の向こうに星があるかどうかを教えてほしい。
少しずつでも、近づいているよと言ってほしい。

……という心理もある。

関連エントリー

我慢サセロ

我慢サセロ

2005/02/16 * 哲学
我慢シロ

我慢シロ

2005/02/15 * 哲学
我慢スルナ

我慢スルナ

2005/02/14 * 哲学