さらば親知らず

2005年 健康 医療
さらば親知らず

──歯医者で親知らずを抜いた
左の上奥歯で、虫歯が進行して偏頭痛の原因になっていた。
噛み合わせる下の歯はすでに抜かれているので、歯としての役目も終えている。

麻酔して、口の中にペンチをつっこまれる。
カチャカチャ音がしていると、ふいに口からペンチが取り出された。
(道具を取り替えるのかな?)と思ったら、もう抜けていた。
痛みもない。アッケナイもんだった

抜かれた歯をとって、歯医者さんが説明してくれる。
「ここが虫歯になっていたわけです。もう少し進行すると神経が……」
金属の針が、抜かれた歯をえぐる。ぐりぐりとほじる。

(あんな風にされたら激痛じゃすまないだろうなぁ……)

もちろん痛みなどない。
抜かれた歯は、もう身体の一部じゃない。ただの物体だ。
キリを突っ込んでも、ハンマーで砕いても、なにも感じない。
……不思議な気持ちで、私は歯を見つめていた。

脱脂綿を噛んで、血を止める。
待ち時間のあいだも、私は抜かれた歯を見つめていた。

ついさっきまで、自分の口の中にあったもの。
神経がつながっていたもの。痛みの元凶。
それが今……自分の外にある
切り離してしまえば、もう排泄物と同じだ。
要らないもの、遠ざけたいもの、イヤなものに思える。
……それはなんだか、とても利己的な感情に思えた。

「伊助さん」
帰り際、歯医者さんに声をかけられた。
精算を終えて、帰ろうとしている矢先だ。歯医者さんが受付まで顔を出すのは、初めてのことだった。
「抜いた歯ですけど、持ち帰りますか? 記念に……」
「え、あ、そ、そうですね。持ち帰ります。」
歯医者さんは、抜いた歯を小さな白いケースに入れてくれた。
歯のカタチをしている。子どもの乳歯用らしい。

以前、歯を抜いたときには、こんなことはなかった。
私が抜かれた歯を熱心に見ていたので、プレゼントしてくれたのだろう。
自分の考えが漏れていたことに、いささか照れる。

こうして、親知らずは私の手許にもどってきた。
もう1度、見てみる。
やっぱり……不思議な感じがするよね。