生きる Ikiru

1952年 日本映画 5ツ星 ドラマ 夭折 家族

ここから先は、あなたの物語

市役所で無気力な日々を過ごしていたオヤジが、余命わずかと聞いて一念発起、公園を作って、ブランコで歌いながら死んでいく話。

ストレートなタイトルと評判の高さから説教臭いものと覚悟していたが、いやいやどうして。胃のレントゲン写真ではじまり、痛烈なナレーション、志村喬の迫真の演技、光と影の演出。143分もの大長編で、事件らしい事件もないのに、最後まで引き込まれてしまった。

映画は、主人公の心情をくどいほど説明する。しかし後半になると一転、主人公の考えは見えなくなる。遠くへ行ってしまう。それぞれのシーンについて、あれこれ語りたくなる。よい映画だ。

昭和27年の日本は異世界だった

アスファルトも街灯もない町並み。行き交う人々は、みな帽子をかぶっている。夜の繁華街は『カサブランカ』(1942)みたい。こんな日本があったんだね。
誇張されているとは言え、役所の停滞感に普遍的な闇を感じる。陳情のたらいまわし、なにもしないことに一生懸命。いつからこうなってしまったのか? どうすれば変えられるのか? 根っこの深さに気が滅入る。市民にとっては加害者である役人も、巨大なシステムの被害者であることが救われない。

1952 生きる
※急に音と視界が広がって、まわりが見えてなかったことがわかる

誠実なメフィストフェレス

渡辺は居酒屋で小説家(伊藤雄之助)と知り合い、夜遊びを指南してもらう。小説家は痩せたフランケンシュタインのような顔だが、渡辺の孤独に真摯に向き合ってくれた。まじめに遊び尽くしたから、ここでは満たされないと理解できた。小説家が果たした役割は大きい。
渡辺が変わった象徴として、帽子が新調される。小説家と別れたあとも、帽子は渡辺とともにある。じつに印象的。

1952 生きる
※「この人は胃がんという十字架を背負ったキリストだ。あんたみたいな人は、胃がんと宣告されたら、その瞬間死んじまう。でもこの人は違う。その瞬間から生き始めたんだ!」

動物のような天使

つづいて渡辺は、事務員とよに救いを求める。幼女とオバサンを合成したような人物で、いわゆる美人じゃないし、賢くないし、行儀は悪いし、身なりも貧相だが、生命力に満ちている。それゆえ死の世界(市役所)から逃げ出すわけだが、べつに工場が生の世界というわけじゃない。とよは天使じゃない。働いて、食べるだけ。渡辺の人生にも付き合えない。あくまでも他人なのだ。
とよもフォードアウトしたっきり、焼香もしない。リアルで、ドライ。たまらない。

1952 生きる
※とよはモノづくりの喜びを語るが、深い意味はない。意味を見出したのは渡辺だ。

公園は重要じゃない

渡辺は公園づくりを推進する。20年前に抱いた野心に比べれば小さな事業だが、残された時間で達成できる仕事はこれしかなかったのだろう。べつに公園を作るため役人になったわけじゃない。これで世の中が変わるわけでもない。数ある陳情から公園づくりを選んだ理由も気持ちも描かれない。

1952 生きる
※冒頭ちらりと見える「事務能率化ニ関スル私案」。20年前の野心は、現在ハンコふきに。

1952 生きる
※「夕焼けなんて、この30年間、すっかり...。いやしかし、わしにはもう、そんな暇はない。」

「だって課長は腹が立たないんですか? こんな踏みつけにされて!」
「いや、わしは人を憎んでなんかいられない。わしには、そんな暇はない。」
渡辺には他人を責めたり、自分の人生を悔やむ余裕はない。夕陽の美しさに感じ入ることもできない。それでいて待つべきところは待つ。助役に拒否されても、ヤクザに脅されても、ひるまない。30年の見識と死の覚悟がなかったら、公園ひとつ作れなかったと思うと、笑うに笑えない。

通夜 - 酒の上の不埒だけがマトモ

五ヶ月後、渡辺は死んだ。同僚たちの回想から、渡辺が命がけで仕事を成し遂げたとわかる。通夜の空気とお酒のせいで、同僚たちはお役所仕事への疑問を吐き出し、変わろうと決意する。
しかし興奮は一晩で冷め、新しい課長のもと、いつものお役所仕事に埋没していく。渡辺を慕っていた木村は嘆くが、書類はあまりに多かった。なんというリアル。
木村は渡辺が作った公園を見下ろし、子どもたちの笑い声を聞きながら去っていく。約束されたものはないが、どことなく希望を感じさせるラストシーンだった。

1952 生きる
※ここから先はあなたの物語

自分のため生きた

家族のため働いてきた(と言う)渡辺は、最後の最後、自分のために働いた。自分のために生きた。家族に看取られるより、公園で死ぬことを選んだ。その真意も語られない。事情を知らない息子は、断絶されたと嘆いたかもしれない。しかし家族がいないものでも死に場所を作れると思えば、希望と言えるかもしれない。

渡辺はゴンドラの唄を歌っていたという。繁華街では、ここに求めるものはないという悲しみがあったが、夜の公園ではどうだったのか? ちゃんと描いてほしいが、見たくない気もする。
いずれにせよ、渡辺の物語は終わった。ここから先は、私たちの物語か。

1952 生きる
※死に場所に自分の家ではなく、公園を選んだ男

前半と後半の対比。遠ざかる主人公の気持ち。その意味するところを考え出すと止まらない。おもしろい映画だった。

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