第17夜:悪魔の手錠

2008年 夢日記
第17夜:悪魔の手錠

「強盗の現行犯でおまえを逮捕するッ!」

 逃走する若者を羽交い締めにして、手錠をかけた。死にものぐるいで抵抗する若者に、死にものぐるいでヘッドロックする。ぐきりと音がして、動かなくなった。首の骨が折れたらしい。
(ま、また殺してしまった!)
 これで8人目。わずかな期間で8人も逮捕して、その全員を殺してしまった。背後から、先輩の女性刑事が追いついてきた。

「いいって、いいって! 気にすんな」
 ショートカットの先輩は、私の不始末を許してくれた。不可抗力だから仕方がない。抵抗する容疑者が悪いのだと。そうかもしれない。そう思いたい。
「ま、これで検察も裁判官も手間が省けたってことさ」
 どこかで聞いたようなセリフだ。死んだ連中はみんな現行犯だが、拘留・裁判となれば刑が確定するまで莫大な時間と手間がかかる。彼らが死刑に値するかは不明だが、どいつも更生の余地がなさそうな悪人面だった。
 つまり私は、現場で正義を執行しているわけだ。私が処分されず、今なお現場に出動できているのは、社会が私を容認している証拠といえる。
(そんな馬鹿な。刑事に容疑者を裁く権利などない!)
 私は頭を振って、危険な思想を追い出した。

 しかし思考は、さらに暗いところへ傾いていった。
 すでに私は11人の現行犯を殺していた。どれも事故死だ。逮捕後に激しく抵抗して、頭を打ったり、自分で自分を刺したり、墜ちてきた杭に貫かれたり……。おかしい。いくらなんでも不自然だ。
 どうして行く先々で現行犯に遭遇するのか? 彼らは私が追いつけるように逃走し、手錠をかけられたあとに事故死している。これは偶然か?
 そして11人の死亡箇所が、時計の文字盤のように円を描いているのも、ただの偶然なんだろうか?

(これは……なにかの儀式なんだ)
 私はそう確信した。12人の不浄の魂を捧げる儀式に、私は巻き込まれているのだ。12人目を逮捕したとき──つまり殺したとき、儀式は完成する。それは絶対に阻止しなければならない。

 パトロール中、通り魔に遭遇した!
 目の前で女性が刺された。ジャージ姿の若者が逃げる。追え! 捕まえろ! 包丁を振り回している。危ない! 狂ってる! 逮捕しなければ。この手錠で!
「……そうか、手錠だッ!」
 走りながら、心の中で絶叫する。
 手錠が儀式の道具なんだ。これをはめると、相手が死ぬんだ。この手錠を私にくれたのは先輩だ。彼女が悪魔なんだ。このまま容疑者を逮捕するのはまずい。まず先輩を、悪魔を倒さなければ!

「おまえは右に回れ! あたしは左から行く!」
 工場に逃げ込んだ犯人を捕まえるため、先輩が指示を出す。
 そのとき私は、先輩に手錠をかけた。

 という夢を見た。
 なので先輩が悪魔だったのかはわからない。NHKのドラマに影響されて、新米刑事になった夢を見ていたようだ。途中でオカルトになってしまったのは、まぁ、いつものことか。

 布団から抜け出て、いま見た夢をメモする。ふと気づく。

(手錠そのものが悪魔だったら?)

 私は先輩を、生け贄に捧げてしまったのかもしれない。