第22夜:汗をかく死体

2008年 夢日記
第22夜:汗をかく死体

 気がつくと、地下室に閉じ込められていた。

 壁も床も鋼鉄製で、無骨なリベットが打ち込まれている。頑丈なコンテナのようだ。
 壁の向こうから、膨大な質量が伝わってくる。鋼鉄製の壁や天井は、地中の圧力からこの空間を守っているのか。

(ここはどこだ? どうやって入ったんだ?)

 天井から釣り下げられた裸電球で周囲は見えるが、窓もドアもない。各辺もびっちり溶接されている。密室に私を入れたのではなく、私を置いてから密室を造ったようだ。
 電球のツマミをひねると、真っ暗になった。
 ふたたび灯りを点けようとしたとき、天井に小さな穴があることに気がついた。遠くに白い点が見える。空気穴だろうか? あれが地上の光なら、この部屋は数十メートルの地下に埋まっているようだ。

 想像してみる──。
 どこかの公園の茂みに、細い筒が出ている。近くに人はいるが、誰も気づかない。地上は騒がしいので、筒から漏れる声など聞こえない。筒に気づいても、その先に密室が埋まっているとは想像もしないだろう。それは絶望的なイメージだった。

(雨が降ったら、どうなるんだ?)
 先のことも気がかりだが、それ以上に重大な問題があった。

 部屋の中央に、女性が横たわっていた。
 姉さんだった。
 素っ裸で、両手両足を揃え、仰向けに寝かされている。均整のとれたプロポーションは、重力を感じさせない。マネキンのようだ。

 姉さんは死んでいた。
 外傷は見あたらないが、とにかく死んでいる。最初から死んでいたのだ。

 姉さんの肌は血色がよかった。電球のせいばかりでなく、本当に生気に満ちている。よく見ると、姉さんは汗をかいていた。玉になった汗が表皮を転がり、じんわり床を濡らしていく。サウナにいるような発汗だが、私は暑くない。姉さんは微動だにせず、ただ汗をかいていた。

 姉さんは生き返ろうとしている。
 いまは死んでいるが、ほどなく喉がごくりと動き、その鼻に息が通うだろう。気管支が修復されれば、心臓も鼓動する。身体が生命活動を再開すれば、魂も還ってくる。

 私は、姉さんの帰還を恐れていた。
 地中の密室に、2人の生者は多すぎる。片方は死体でなければならない。姉さんが生き返ったら、私は死ぬだろう。まぁ、死ぬのはかまわない。どうせ私は助からない。
 こわいのは、生き返った姉さんとの会話だ。
 姉さんはどんな目で私を見るだろう?

 もう1度首を絞めれば、こわい思いをしなくても済む......。

 これは1994年11月26日に見た夢。高校2年生のころだ。
 目が覚めて、ノートにメモしておいたものを、小説風に書き起こしてみた。

 断っておくが、私に姉はいない。母親にも確認した。
 高校時代は姉さんの夢を何度か見たが、きちんと向き合ったことはない。「さっきまでそこに座っていた」とか、「自転車を漕ぐ後ろ姿を見た」とか、気配を示すものばかり。顔は見てるけど、目を見たことがないのだ。

 高校を卒業したあたりから、ぱたりと姉さんの夢を見なくなる。
 なぜだろう? 姉さんのことを文章にしたせいだろうか。